総論 ◆第5節 「われわれ」の伸縮
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第5節 「われわれ」の伸縮


  1. 作法とは自分のためでなく、まわりの人々のためであると申すのであるが、いま少し、はっきり申せば、作法とはより内なる「われわれ」のためでなく、より外なる「われわれ」のためのものである。

  2. このとき「われわれ」なるものについて、わたくしどもがはっきりした考えを持っていないと、作法の基本が総崩れとなる。
    そこで、この「われわれ」なるものについて考えたい。

  3. いま、自分がある明確な集団の一員であるものとしよう。このとき、集団を「われわれ」という概念で捉えることができる。

  4. つぎに、全人類を一個の集団と見なし、この全人類を「われわれ」という概念で捕捉することが、次第に、できつつある。そこまでは良い。

  5. ところで、全人類よりは小さいが、しかし、一家族とか、町内仲間とか、クラス仲間とかいった、明確で、小さな「われわれ」よりは大きい集団について、これを「われわれ」として把握する能力が、必ずしも、できあがっていない。

  6. さらにである。いま、諸君が広い野原に立っておられるものとする。
    そこには、知らない人が、いっぱいいるし、その人たちは、たえず、増減しているものとする。
    このとき、諸君と視線を交わし得る範囲の人々で、それも、絶えず、入れ代わっている人々を「われわれ」の概念で捉えることは、いちばん、難しい。

  7. 次に、こちらのラグビー・チームと先方のラグビー・チームとで、試合するものとしよう。
    試合開始前にはチーム同士、お互いに、挨拶もするが、試合中はこちらのルール違反に因ったのでないかぎり、相手が死んでも、こちらに責任がない。
    つまり、殺し合いスレスレまで、やってよい。で、試合が終わると、また、にこやかに互いに握手する。
    あるいは、試合後、両チームそろって、飲むならば、まったくの友だち同士となる。
    スポーツマンたる者は、この「われわれ」の大きさの伸縮を身に付けていなければならない。
    武士道、騎士道など、いずれも、これと同一のベースに立っている。
    現代日本人は、個人間、家族間、企業体間において、この「われわれ」の伸縮の訓練が不充分である。

  8. ここには、前提条件として、こちらが「われわれ」の観念を、相手の上にも広げているとき、相手がそれを意識しないならば、こちらとしてどうすべきかが、はっきりしていなければならない。
    また、相手との競争中に、こちらがルールを守っているのに対して、相手がルールを守らないならば、こちらとしてどうすればよいかといった問題もある。
    「われわれ」の観念の伸縮のためには、これらの問題についての処置の仕方が明確でなければ、こちらは単なる「お人好し」となる。

  9. ともあれ、現代日本人は「われわれ」の伸縮が弱い。諸君は、まず、この「われわれ」の伸縮につき、強くなることを工夫したまえ。

総論
[エージェントマンに作法は要るか] [作法とは] [作法の目的の分解] [作法は自分のためならず]
[「われわれ」の伸縮] [「より外なるわれわれ」のために] [互恵主義] [作法は森羅万象のためのもの]
[品物を大切にせよ] [与えられた文明には心が乗りにくい] [ゴツイ人物のやり方]
[自分自身がどうしてよいか分らないとき] [どうしようか迷っている相手に対しては]
[作法的なつもりで無作法を行なう者をどうするか] [改まり方・くずし方] [作法とサービス]
[作法と生産性] [心と型] [動機論か結果論か] [媚と反媚] [作法と自然さ] [作法の流儀]
[統一型作法と並列型作法] [欧米との流儀の融和] [アメリカ作法を見誤るな] [一般と特殊]
[3種類の動作] [作法と体型] [作法と風習] [作法と大衆] [作法と女性] [異なるセックス意識]
[作法とヤング] [雑音を嫌う] [あとしまつの技術] [縮小化のわきまえ]
[そこまでやるのか。そこまでやるのである] [作法のために頭が痛くなれ] [教授法での注意]
[説明するな] [作法研修先での注意] [この本での対象作法の限定] [この本の編序] [用語の約束]
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