総論 ◆第14節 作法的なつもりで無作法を行なう者をどうするか
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第14節 作法的なつもりで無作法を行なう者をどうするか


  1. わたくしは、朝、教室にノコノコと入って行き、そのまま教壇に立った。みんなの顔を見ているうちに、「みんな、おはよう」と、どなった。みんなは、一瞬ためらったのち、「おはようございます」と言った。正式な朝礼は、全員起立してすることが定めである。
    では、どうするのが正しいか。
    いま、みんなのしたようにすればよいのである。ゴトゴトと立ち上がってお辞儀をすることもない。先生によっては、みんなで立ち上がって、礼をするような、窮屈なことの大嫌いな先生もいる。そういう先生には、ことさら、それに、あわせてあげることがよい。
    それが作法というもの。

  2. ところで、外来講師が教壇に立たれるやいなや、みんな起立して礼をするのがよい。それを、ぐずぐずしていれば、先生から先に声をかけられてしまう。

  3. 次に、たとえば、相手が大まじめで、ナイフ、フォークを振りまわしながら、話を始めたものとする。
    しかし、相手の不作法が、多少まわりのみんなに不愉快なくらいで、危害をおよぼすに至らないと見るときは、こちらとして、放置することである。
    つまり、相手が恥をかかないですむようにしようとして、その席で、注意を与えれば、やはり、相手を恥ずかしめることになる。
    もしも、そのナイフ、フォークで、こちらやまわりの者が危ないほどであれば、こちらは笑いながら、「いやですよ。刺し殺さないでくださいよ」と冗談まがいに言えばよい。
    相手が何べん、それをやっても、こちらは、「いやですよ」を繰り返せばよい。

  4. さらに、献酬(盃を相手に差し出して、それに酒を注ぎ、相手に飲ませること)は、新しい盃でなすべきものを、自分の飲んでいた盃を突き出してする者が、現代日本には、多い。
    相手の好意を拒否できない。しかし、こちらは明らかに迷惑である。
    このとき、はっきりと、「ご好意頂戴つかまつる」と申して、その盃を受けとらず、こちらも、自分の盃を左手に持ち、こちらの右手に徳利を持って、相手の盃と、こちらの盃に酒を注ぎ、互いに乾杯といけばよい。
    もし、それに対して、相手が、不機嫌になっても、こちらがニコニコしていれば、それで済んでしまう。
    また、もし、相手が、「オレの盃を、おかしくて、受け取れねえというのか」と、言い出したならば、こちらは、「いや、どうか、どうか」と言って、席を立って、はばかりに行ってしまえばよい。
    席に戻ってみると、問題は、済んでいる。

【参考】
  1. 現エリザベス女王のところに、欧米でない、ある国(これを、かりにB国と呼んでおく)の王候が公式訪問された。で、公式の会食のとき、そのB国王侯が、フィンガー・ボールの水を飲んでしまわれた。と、エリザベス女王は、すかさず、ご自分も、フィンガー・ボールに口をあて、その水を飲まれた。で、イギリスの王族・貴族も、いっせいに、フィンガー・ボールを手に取って、その水を飲まれた。これは、有名な実話である。

  2. これは、「相手を恥ずかしめない」作法として、称賛されるべきものである。

  3. が、もし、相手が、実は、フィンガー・ボールの使い方を知っていて、それを、とぼけ、この水を飲んだのであったならば、それをどう、解釈するかによって、この相手に対するやり方を、かえなければならない。

  4. まず、相手が、「わたくしは、一介の田舎者でございます。どうぞ、よろしく」という意思表示を、こういう、素朴な方法で示したと見るのであれば、こちらも、フィンガー・ボールの水をぐっと飲んで、相手に、「どうぞ、お気軽に。いや、こちらの“ひとりよがり”の作法の中で、きゅうくつな目におあわせし、申しわけなく存じます」というところを示すのがよい。 エリザベス女王も、これを、なさったのであろう。

  5. が、相手が、「だいたい、なんだい。お前らのやり方を、独善的に、押しつけやがって。のぼせるない」という意思表示として、ワルフザケに、これをやった場合は、どうなるか。こちらが、いっしょになって、フィンガー・ボールの水を飲めば、いわば、アカンベーをした者に対して、こちらも、アカンベーをして見せた結果を生じてしまう。そのとき、こちらは、紳士淑女の顔をしたゴロツキであることを示している。
    で、このときは、知らん顔をしなければならない。ワルフザケに同調することは、よくない。

  6. さて、しかし、B国のVIPが、どういう事情にせよ、フィンガー・ボールの水を飲んだとして、そこに、もし、別の国のVIPたちが多くいたものとしたならば、ホスト、ホステスが、いっしょになって、それを飲めば、多くの国の代表者たちの前で、B国をからかったことになる。で、あくまで、知らん顔をしていなければならない。ただし、それで、こちらが、手を洗えば、「これは、飲むものでなく、手を洗うものさ」ということを示した結果に陥る。で、フィンガー・ボールは、使わないで、そっとしておくといったことにせざるを得ない。

総論
[エージェントマンに作法は要るか] [作法とは] [作法の目的の分解] [作法は自分のためならず]
[「われわれ」の伸縮] [「より外なるわれわれ」のために] [互恵主義] [作法は森羅万象のためのもの]
[品物を大切にせよ] [与えられた文明には心が乗りにくい] [ゴツイ人物のやり方]
[自分自身がどうしてよいか分らないとき] [どうしようか迷っている相手に対しては]
[作法的なつもりで無作法を行なう者をどうするか] [改まり方・くずし方] [作法とサービス]
[作法と生産性] [心と型] [動機論か結果論か] [媚と反媚] [作法と自然さ] [作法の流儀]
[統一型作法と並列型作法] [欧米との流儀の融和] [アメリカ作法を見誤るな] [一般と特殊]
[3種類の動作] [作法と体型] [作法と風習] [作法と大衆] [作法と女性] [異なるセックス意識]
[作法とヤング] [雑音を嫌う] [あとしまつの技術] [縮小化のわきまえ]
[そこまでやるのか。そこまでやるのである] [作法のために頭が痛くなれ] [教授法での注意]
[説明するな] [作法研修先での注意] [この本での対象作法の限定] [この本の編序] [用語の約束]
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