第6章 和式作法 ◆第8節 日本茶の供茶作法
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第8節 日本茶の供茶作法


  1. イスに座り、テーブルを前にした客に、日本茶を出すときの作法が、混乱している。
    明治・大正期には、かえって、この混乱がなかった。
    というのは、すでに、鎌倉・室町期から、日本でも、客または主人である武士などを、組立イスにすわらせ、その前に台を出し、その上に、食べ物、茶などを載せる形があったから、それに伴う作法も、あった。
    で、明治以降も、そのまま、行なっていた。
    が、大東亜戦争敗戦以降、日本が、急速に、欧米化してくると、日本茶を、紅茶サービスの作法で、供してよいか、どうかという問題を生じ、そのままになって、時を経ている。
    で、ここに、1つの決着をつけたい。
  2. ここでは、座敷に座っている客の前のタタミの上に、茶菓を出すときの作法について、省略し、それらを、「茶道」の定めるところに、まかせる。
  3. ここでは、 a. 客が座敷に座り、その前に机が置いてある場合と、 b. 客が洋室のイスに腰かけ、その前に、テーブルのある場合 について、考える。
  4.  
    1. また、ここでは、湯(熱湯にあらず)をそれぞれの茶碗に注ぎ、茶碗を温めるやり方。
    2. 土瓶に葉茶や湯を注ぐときのやり方。
    3. 人数分の茶碗に等しく、注ぎわけるやり方、茶を美味につくるやり方など、いくつかあるが、それらについて、いっさい省略する。
  1. まず、供茶作法には、「客正面」、「齋ロ(いわいぐち)」、「捌口(さばきぐち)」、の3点を目で見定めることが大切である。
    客正面」というのは、客の真ん前である。
    いわいぐち」というのは、神前にそなえる食べ物を、神前近くで、いったん、置く場所に付けられている名前になぞらえたものである。
    「いわいぐち」の位置は、下図のとおりと考える。
    212
    さばきぐち」とは、土瓶、茶こぼしなどを盆にのせて、部屋に持って来て、いったん、置く場所である。
    客正面からの距離は、その部室の大きさによって、まちまちとなるが、「客正面」と「いわいぐち」からの距離より短くなることはない。
  2. そこで、盆は、両手で持つ。盆を持つ高さは、みぞおちのあたりとする。
    そのまま、お辞儀をするときも、盆をその高さから下に下げない。
  3. まず、日本茶と、茶菓のどちらを先に出すかというと、現代として、どちらでもよいが、古来、茶道によれば、菓子皿が先であるから、ここでは、その因習に従う。
    菓子皿が先。
  4. 茶菓を出す位置は、
    1. 正面に、邪魔物(他の食べ物とか書類)のないとき。
      213a
      まず、客に出す前に、さばきぐちで、茶托と菓子皿を、横にならべ、両者の間を、約5cm として、全体の左右の中心点を見定める。
      その中心点が、客に出したとき、客正面に行くこととなる。
      つぎに、客のところで、菓子皿が、客卓のフチから、約15cm の間隔を保つように置く。
      (もし、茶だけを出すときは、客正面で、客卓のフチから15cm 奥に茶托の手前が行くように置けばよい)
    2. 正面に、邪魔物(他の食べ物とか書類)のあるとき
      213b
      まず、菓子を、邪魔物の左約5cm で置いてしまう。
      つぎに、茶を出すとき、菓子皿と茶托の間隔が、約1cm となり、茶托の手前と客卓のフチとの間隔が、約15cm となるよう、菓子皿を、奥に押し、それから、茶を置く。
      (もし、茶だけを出すときは、邪魔物の左、約5cm 、客卓の手前フチから約15cm をあけて、置けばよい)
      (邪魔物があるとき、手が左右に動きやすいから、横にある菓子皿や茶碗に手をひっかけやすい。そこで、菓子や茶碗は邪魔物の向こう側に置くのがよいという意見もある。
      ところが、向こう側は、机の奥ゆきが狭かったり、書類の奥ゆきが長かったりして、案外に置きがたい。
      それに、食べながら、飲みながら、食類を眺めるという場合、菓子、茶を向こうに置いたのでは、やりづらい。
      すごく、不親切な置き方という感じになってしまう。
      また、実際を見ると、書類を前後に動かすことが多いので、その書類で菓子、茶をこづいてしまうことになる。
      で、やむなく、邪魔物の左側に菓子、茶を置くのである。
      しかし、たとえば、菓子、茶ではなく、コップ入りジュースなど、背の高いものを置く場合には、邪魔物の向こう側に置くこともある)
  5. 湯飲みの出し方
    湯飲みは、原則として両手で持ち、サービスをされよ。
    相手との間に、障害物などがあり、両手でのサービスが不可能な場合、片手でサービスされよ。
    しかし、この場合、いったんは両手で相手の近くまでサービスし、それから片手で相手の正面まで持ってゆかれよ。
    (けれども、茶托のついていない湯飲み、ジュースのコップなどを出すとき、おのずから、わしづかみとなり、手のひらを上にむけて、などということはできない)
  6. 欧米の飲みものは、客の右側から出す約束であるが、日本茶のとき、机なしであれば正面。机のあるとき、客の左側から出す。
    ここに1つの問題がある。
    茶道では、座敷の下座側からサービスするように規定されている。
    ところが、その下座側は部屋の構造によって客の右側にいったり、左側にいったりさまざまである。
    で、ここは、人間本位で眺めた(座敷本位でない)下座側、つまり、その客の左側からサービスするように、統一して置くのがよい。
  7. 客の左からサービスするときの身体の向きは、客に対して45度の向きとされよ。
  8. 菓子も茶も、すべて右手で、出し、右手でさげること。
  9. このとき、左手の指は、親指を中にして、残り4本をそろえ、卓上に置かれよ。
  10. 右手の5本の指のうち、親指を上にして、行なうこと。
    右腕の肱(ひじ)を張らないこと。
    で、差し出すとき、肱を伸ばすこと。
    また、手のひらが、真上を向いていること。
  11. 茶碗を客前に出すときは、茶碗の顔(おもて)を正面とすること。
    また、茶托の木目は、客に向かって横になるようにして、出す。
    このとき、客正面で茶碗を回転することなど、不ざまである。
    で、「いわいぐち」で茶碗などをつかむとき、もはや、その向きに、注意されよ。
  12. つぎに、「茶菓のさげ方」についての注意を述べる。
  13. 客が、茶菓を移動し、その置いてあるところが、客の左にいるサービスマンから遠い場合、
    1. 客が、腰をあげずとも、とれるならば、サービスマンとしては、「恐れいりますが……」と述べて、客の手で、菓子皿、茶碗などを、こちらに、まわしてもらうのがよい。
    2. 客が腰をあげなければ、とれない位置のとき、サービスマンは、ぐるっと、まわっていって、それを、とるのがよい。
      つまり、なるべく、客のまわりを、うろつかないほうが、サービスになるということ。
  14. つぎに、「茶のかえ方」について述べる。
  15. 茶をかえるとき、もし、菓子皿が、カラになっていたならば、その菓子皿を、さきに、さげてしまうこと。
  16. 客の茶をかえるとき、かならず、その茶碗を、動かさなければならないが、このとき、茶碗が、茶托の上に載っていたならば、すべて、茶托ごと動かすこと。
  17. 客の茶をかえるとき、茶碗や茶托を、とりかえないこと。
    とりかえても、不吉な意味は生じはしないが、心のないサービスということになる。
    ただし、これらは、客の飲みかけの茶に対するサービスのときの話である。
  18. 客の飲みかけにサービスするには、つぎの5方法がある。
    1. 飲みかけの茶をさげて、「さばきぐち」で別の茶碗で茶をこしらえて出す方法(御殿式・取り変え式)  
    2. 飲みかけの茶を「さばきぐち」にある茶こぼしに捨てて、「さばきぐち」で同じ茶碗に茶を注いで出す方法。 (茶を注ぐとき、茶碗を茶托からおろすこと)(御殿式・注ぎ変え式)
    3. 「いわいぐち」まで、茶碗をさげ、そこで、後記する「空式」によって茶を注ぎ足す方法(一般住宅式・空式)
    4. 「いわいぐち」まで、茶碗をさげ、後記する「卓式」によって茶を注ぎ足す方法(一般住宅式・卓式)
    5. 客正面の茶碗に、そのまま、注ぎ足す方法(茶みせ式)
    もとより、 a が正式、 bcd が略式であって、 e は、オフィスなどでのみ、許される。
    b のとき、空いている茶碗に、客の飲み残しを捨てるくらいならば、 c にするほうが非礼でないとされるので、 b で行なう以上、茶こぼしの準備が要る。
    婚礼など、ことに縁起をかつぐ場合、茶を注ぐところや土瓶を客に見せない習いとされている。
    そこで、このような場合、上記 ab は用い得るが、cde は用い得ない。
    いくばく、ホテルによっては、普段のサービスにも、婚礼の際と同一のやり方をもってするところがある。
    さくら湯、こぶ湯を供する場合は、いやおうなしに a となる。
  19. また、客正面から、5m以上離れていたのでは、諸動作が大げさとなりすぎるので、「さばきぐち」を5m以上、離さないように注意したい。
    洋式でしかるべきサイド・テーブルのないとき、サービス・ワゴンを用いるのが、一案である。
  20. 茶を茶こぼしに移すとき、注ぎ口を、できるだけ、客に見せないようにする。
  21. b を行なうためには、客の飲み残しを、茶こぼしに捨てたあと、空の茶碗を、客卓に持って来て、そこで、茶を注ぐと、親子夫婦気取りということになるので、茶を注ぐには、茶こぼしのところでしなければならない。
  22. a にするにせよ、b にするにせよ、客の茶碗を、いっぺん、客正面から、「いわいぐち」に移されよ。
    直接に客正面から「さばきぐち」に持っていかれると、はなはだ粗暴に見える。
  23. 空式(くうしき)」のやり方
    1. 土びんを、左手に提げ、右手で、茶碗を、「いわいぐち」に低空飛行させてきて、いったん、置く。
    2. 土びんを、右手に持ちかえ、左手で、茶碗の下を持ち、左手の中指の先を、茶碗の底にあてがってから、茶碗を、客卓のそとに持ち出す。
    3. で、この客卓のそとの空中で、茶を注ぐのであるが、その位置を、つぎのようにする。
      1. 茶碗が、客の左耳から、水平距離30cm以上、離れていること
      2. 茶碗の上端が、客卓面より上で、客の肩より下になっていること
    4. 茶を注ぎ終わった茶碗は、左手で、そのまま、「いわいぐち」に戻す。
    5. 右手の土びんを左手に持ちかえ、右手で、茶碗を、客正面に、すすめまいらせる。
  24. 卓式(たくしき)」
    1. 土びんを、左手に提げ、右手で、茶碗を、「いわいぐち」に、低空飛行させて来て、置く。
    2. 土びんを右手に持ちかえ、左手で、土びんのフタを押さえ、そこで、茶を注ぐ。
    3. 右手の土びんを左手に持ちかえ、右手で、茶碗を、客正面に、すすめまいらせる。
  25. なにかの事情で、土びんを、左手に持ったまま、茶を注ぐほうが、自然の場合もある。
    が、これは、はなはだ、非礼とするジンクスがあるので、茶を注ぐには、かならず、右手でしなければならない。
  26. また、茶托の上に、茶がこぼれた場合、すぐ、上から押さえるようにして拭くこと。
    そのための、懐紙など、小さくたたんで持っておられよ。
  27. 低いテーブル
    洋式でテーブルの高さが50cm未満の場合、供茶するにあたって、
    1. 立ったまま行なうか
    2. 片膝を床について行なうか
    3. 両足を床について行なうか
    は、その室のふんいきによって変えなければならない。
    それぞれ、室ごとに規定しておかれよ。
  28. 座敷における、座卓を使っての供茶作法
    1. 茶をすすめるときの一般的注意  
      1. 茶、また、菓子をお客に出すとき、お客のからだに触れない。   
      2. 茶碗は、茶托を使い、めいめいに茶托のまますすめるのがよい。   
      3. 茶を、茶碗に注いで、遠くから運ぶ場合は、蓋物を使う。
        茶碗の蓋は、とらないで、そのまますすめる。   
      4. 茶、菓子は、客の下座から出すようにする。   
      5. 茶、菓子を置く位置は、客から見て、左に茶、右に菓子がくるようにする。   
      6. 茶、菓子をすすめる順序は、まず、菓子をすすめ、次に、茶をすすめるのを原則とする。
        ただし、客の下座から出そうとするその位置が、どうしても、客の右脇から出すようになってしまうときは、まず、茶を、客の左前にすすめ、次に、菓子を客の右前にすすめる。   
      7. 菓子器に盛る菓子の数は、吉事のときは奇数、凶事のときは偶数とする。
        ただし、銘々皿の場合は、2つを1対とみて、吉事にも通用する。
    2. 座卓上での、茶、菓子のすすめ方
      1. 茶、菓子を運んできた盆は、座卓の下に置く。
      2. 茶碗、菓子器または銘々皿を置く位置は、下図のとおりとする。
        1. 茶碗と菓子器のとき
          219a
          茶碗と菓子器は、それぞれの中心点が、一直線上に並ぶように置き、茶托のふちと、菓子器のふちの間は、5cm あける。
          また、茶碗の中心と菓子器の中心を通る直線と、座卓の客側のふち(線分C−D)との距離は、15cm とする。
          そして、茶碗の外側の点Eと、菓子器の外側の点Fとの2等分点Gが、客のからだの中心の真正面に来るようにする。
        2. 茶碗と銘々皿
          219b
          茶托と銘々皿の、それぞれのふちの間は、5cmあける。
          また、茶碗の中心と銘々皿の中心を通る線分EFと、座卓の客側のふちを示す線分CDは平行とし、その距離は15cmとする。
          さらに、線分EFの2等分点Gが、客のからだの中心の真正面に来るようにする。
          茶碗と銘々皿を置く位置は、茶碗と菓子器を置く位置と同じである。
        3. 茶碗と銘々皿を出したうえに、さらに菓子器を出すとき、茶碗と銘々皿を置く位置は ii と同じである。
          そして、菓子器は、茶碗と銘々皿が置かれた位置の向こう側に置く。
          このとき、菓子器の中心点は、客のからだの中心の真ん前にくるようにする。
          また、菓子器の中心点と、座卓の客側のふちとの距離は、遠すぎぬよう、近すぎぬよう、任意に定めてよい。
      3. 茶、菓子を客前に出すとき、茶碗、銘々皿などを持つ手は、客から遠いほうの手とする。
        そして、それに、反対側の手を軽く添える。
        このときの姿勢は、跪座から腰を少し浮かせた姿勢とする。
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