第5章 立居振舞 ◆第23節 握手
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第23節 握手


【通解】アテネ系握手と法王系握手
  1. 握手も、本来、自然発生的なものである。
    日本の鎌倉文学にも、「ともに、手をとりあいてぞ、むせびける」 などというのがある。
    が、なかば、儀礼的なものとして、これを行なうようになった始めは、いちおう、アテネ武士団であったとされている。(BC 400年代)
    これが、その以前、さらに東方とか、エジプトとかから輸入されたものであったか、どうかを知らない。
    アテネ武士は、武術の試合のあと、右手の剣や槍を左手に持ちかえ、あいた右手同士、握りあったという。
    このアテネ武士は、さらに、日常の面談のあとにも、この握手を行なうようになり、これが、アテネ全市民男子の挨拶の仕方に広まったという。
    しかし、男子対女子、女子対女子のとき、この握手という挨拶形式は、なかったようである。
    また、この握手は、男子相互のときも、対等関係においてのみ、行われたようである。
    このアテネ市民の握手は、そのまま、アテネを盟主とする全ギリシアに広まり、ついで、ローマ帝国武士間の挨拶形式となり、ゲルマン人大移動後は、神聖ローマ帝国下の騎士団の挨拶形式となった。
    さらに進んでは、ルネッサンス下、イタリア貴族の挨拶形式となり、そうして、イタリア各都市国家の商人の挨拶形式となり、それが、全ヨーロッパに広がりなおし、とうとう、こん日では、アメリカや、世界各地に広がっているわけである。
  2. ところで、このイタリア握手は、神聖ローマ帝国騎士団の握手とは、いくばく、性格を異にした。
    すなわち、イタリア人気質丸出しの手を上下に、激しく振るものであった。
    で、これが、ロンドンに入ってみては、hand shaking と呼ばれることとなる。
    絶対制王朝での軍人同士の挨拶は、1つには、上下対等のものとして、挙手敬礼があり、これは、アテネ武士以来の、かぶとの前を手であけて、顔を見せる形からきているものであり、もう1つに、対等握手があった。
    この握手は、上記イタリア商人からきている握手と区別して考えられていたと見る。
  3. やがて、この2種類の対等握手は、合体していくが、イギリスの場合、その名称を、hand shaking と呼んだまま、上品な握手としては、手を握らない軍人式のものを用い、庶民的な味を愛するものとしては、おおいに、手を振るものを用いていたということらしい。
  4. さて、現代アメリカ、ことに、その南部と西部で、この対等握手は、大げさなものとなり、故意に、自分の右のほうに、自分の右手をひろげ、はずみをつけ、相手の手を握り、「ハッロー」 という形になってもいる。
    さらに、とうとう、男子対女子、女子対女子もがこれを行なっている情景を見る。
    東洋人で、アメリカに行った者は、これを、ひとつ覚えに覚えてきて、つぎに、ヨーロッパに行ったときも、よいつもりで、これを行なう。で、軽蔑されている。さらには、東洋でも、これを行なうのは、知能指数を疑われる。
  5. ついで、以上、アテネ系の対等握手と別の流れ方をしてきた 「法王系握手」 について考えよう。
    これは、ひとくちに申して、セム的抱擁の簡略化していったものと見なされる。
    キリスト教がローマ国教とされたのち、僧侶と一般人の挨拶には、セム的抱擁が行われていた。
    そのことは、当時の壁画などに、のこっている。ただ、この場合、対等関係でなく、上下関係である。
    で、同じ抱擁をしながらも、一般人は、片ひざ、または、両ひざを床についている。
    で、抱擁辞儀に付いていた頬や首すじへの接吻は、僧侶の手の甲への接吻となり、ついで、僧侶の手を持って捧げる形となっていった。
    やがて、この形は、封建国家の主従間の挨拶形式に広がった。
    で、このひざを床につける形が簡略化したとき、上の者が右手をさしのべ、下の者が、最敬礼しながら、上の者の手の甲に接物したり、高く捧げ持ったりする形となった。
    しかし、この法王系握手が、男子対女子、女子対女子という形で行われることは、なかったと見たい。
  6. ついで、この法王系握手に、女子が参加してきた。
    1530年ごろ、イタリア・ルネッサンスの中にあった 「女子崇拝運動」 に関連して、女子のさし出す手の甲に、男子が、ひざまずいて、接吻するという形である。こん日でも、オペラでは、やっている。
    で、この形も、広まるにつれて、簡略化していった。
    つまり、いちいち、接吻せずとも頭を下げ、相手の手を、わずかに持ち上げればよくなっていった。
    もっとも、いまでも,東欧国に行くと、男子が女子と握手するには、がいして、女子の手の甲に、ごってりと接吻している。
  7. 以上、「アテネ系」 の対等握手と 「法王系」 の上下握手の流れを概観したわけであるが、1800年代後半のイギリスにおいて、ビクトリア女王治下の宮内官たちが、これらの握手を整理統合して、1つの体系としている。
    すなわち、こん日、一般の握手とされているものである。
    以下、これを、型において、眺めよう。
【型1】握手の与え主
  1. 上下握手での与え主は、
    1. 異性間の握手のとき
      1. 元首、皇族、高官、聖職者は、一般人女子に対し、自分のほうから
      2. それ以外のときは、つねに、女子のほうから
        (先生に対しても、学生のほうから)
        (ヂイサマに対しても、18才の娘のほうから)
    2. 同性間の握手のとき
      1. 目上、先輩から
      2. 同輩ならば既婚者から未婚者ヘ
      3. 既婚、未婚が同じならば、年上から
      4. 年も同じならば、訪問者から
      5. その区別もなければ、どちらからともなく
      6. こちらを 「貴女目婚年訪(きじょめこんねんぼう)」 と憶えられよ。
  2. どう考えても、こちらが 「与え主」 であると思うのに、相手が、さきに手を出してきたならば、こころよく、その握手を受けられよ。
    所詮、あいさつなのであるから。
  3. また、芸能人、政治家といったショーマンは、相手かまわず、握手を与えて歩くことがある。
    が、そういうときも、こちらは、「受け主」 となられよ。
    拒否すると、相手に、大きな侮辱を与えたことになる。
  4. また、こちらが 「受け主」 であるべきところ、うっかりと、握手を与えてしまうことがある。
    このときは、相手が、変な顔をしても、こちらは、その握手を途中でやめず、与え終わり、握手が済んでから、一揖されよ。
【説明】
  1. どちらが握手の与え主であるかということは、案外、神経質な問題を持っている。
    で、やたらに、手を出して歩くわけにいかない。
    そのくせ、こちらが当然、与え主であるとき、こちらが手を出さないと、相手は冷たくされたと取る。(イギリス人は、そうでもない)
  2. 多数の相手に、つぎつぎと握手するというときが、面倒である。
    相手によって、こちらが与え主となったり、受け主となったり。
【型2】握手での歩み寄り方
  1. 上下握手でも、対等握手でも、握手にあたっては、握手を発意した側から相手に歩み寄っていけばよい。
    もし、双方が同時に発意したならば、双方から歩み寄ればよい。
  2. 対等握手では、そのあと、双方、いずれからともなく、手を出して、握手してしまえばよい。
  3. で、上下握手のとき、いくばく、ことなる。
    この上下握手で、いま、が握手するものとする。
    このとき、の 「水平長身長」 の捧を、の間に置いたものとする。
    で、も、この捧の両端に来たとき、いったん、立ちどまられなければならない。
    かのいずれかが立っており、他が、歩み寄ってきての握手であれば、始めから立っているほうは、そのまま。
    歩み寄ってきたほうは、この捧の端で立ちどまることになる。
    で、いま、をば、握手の与え主、をば、握手の受け主としてみよう。
    (与え主が、目上とされる)
    このとき、は1/2秒程度の揖をされよ。
    は、この揖を見ると同時に手をさしのべながら、足を踏み出されるのであるが、この足の踏み出す程度が、相手によって、次表のように、ことなる。
    また、それに応じて、が足を踏み出すか否かも、相手によって、次表のように、ことなる。

    性別 棒端に 手を出しながら 性別 手を出さずに








    やって来た
    やって来た
    いた
    いた
    やって来た
    やって来た
    いた
    いた
    Bに接近
    Bに接近
    片足だけ踏み出す
    片足だけ踏み出す
    片足だけ踏み出す
    Bに接近
    片足だけ踏み出す
    片足だけ踏み出す








    立っている
    立っている
    Aに接近
    Aに接近
    Aに接近
    立っている
    Aに接近
    Aに接近
    この表は、厄介なようであるが、ご自分の性別を考えられたとき、それほど厄介でないことがわかる。
    さて、実は多くの場合、相手と握手しようと発意したとき、すでに、相手との距離が、水平長身長より短い。
    そういうときは、その立っておられるところが捧の端であると思われよ。
    つまり、捧が短くなったと思われよ。で、捧の先での歩巾をつめられることである。
  4. 相手とこちらの立っている床面の高さが異なることもある。
    しかし、水平身長という平面図上の長さを、かえられないことである。
  5. 相手が階段を昇り切ったのち、水平に1m行ったところに、立っていることもある。
    そのような場合も、こちらは、相手と捧の長さを水平にとったところである階段の途中で停止されよ。
【型3】握手は、男女とも、かならず、起立して
  1. 日本では、おたがいに、たたみに座ったまま、手をさし出して、握手することがある。
    これが、足腰立つ者にして、座ったまま行なう握手の世界唯一のものと知らるべし。
  2. 足腰の立つ人が、イスに腰かけていて、握手しなければならなくなったとき、たとえ、食事中であろうと、男女とも、かならず、起立して握手しなければならない。
    日本では、どういうものか、女子は、座ったままでよいと思われていることがある。これは、とんでもない。
  3. けっして、半立ちの中腰で、握手されるな。
    かと申して、バネ仕かけのように立ち上がって握手されてもならない。
  4. こちらがイスに腰かけ、ことに、食事しているようなとき、いきなり、目の前に人が来て、ニュッと手を出し、握手を求めることがある。
    こういうとき、その相手の手を、そこに出させたまま、こちらは、おもむろに、ナプキンを、左手に持ち、イスを引き、ゆったりと、立ち上がってから、はじめて、相手の手をとられればよい。
    このとき、イスは、うしろに引いたままで、よい。
  5. こちらが、車の中に座っているときとか、建物の中のイスでも、急に立てないようなイスに座っていて、相手から手を出されたならば、座ったまま、軽く揖をして、そのまま、握手されよ。
  6. 同じく、こちらが、車の中とか、建物の中での急には立てないイスに座っておられる場合、たとえ、こちらから、握手を与える立場にあられても、なるべく、握手は、手控えられよ。
    (と、いうのは、いずれからともなく、手の出てしまったときを別とするということ)
【説明】
  1. 欧米のレストラン・シアターで、歌手が客席をまわりながら、歌って歩いているとき、歌手から手をさしのべられた欧米人は、ナプキンを左手に持ち、かならず立ち上がって、ニコニコ握手をする。
    その歌手が日本人客のテーブルに来て手をさしのべたとき、日本人客は立ち上がらず、手だけ、サルのように出して、ニヤニヤしている。
    女子客は、こういうとき、とくに、つぶれたような形となる。
    そこに、スポット・ライトでも当てられようものなら、首をすくめ、泣きそうになる。
  2. つぎは、日本人の中腰握手である。
    「握手には立たねばならぬ」 ということを、海外作法の本かなにかで知っている日本人が、その場に遭遇したとき、思い出したように、立ち上がるが、中腰のまま、手を出してしまう。
    で、手を上下に振り、頭をペコペコ下げて、中腰とのアンバランスをとろうとする。
  3. つぎは、日本人握手のバネ仕かけの起立である。
    これは、若い男子に多い。
    中腰になってはならないと教えられて来たためであろう。
    中学生が教室で 「起立」 という号令をかけられたときのように、バカンと立ち上がる。
    相手は、びっくりするし、まわりも、びっくりする。
  4. つぎは、日本人握手のナプキン卓上置きである。
    卓上に、ナプキンを置くことは、この食事のため、もう着席しないぞという信号である。
    ナプキンを置きたければ、この場合、イスの上が正しい。
【型4】女子の机越しの握手
  1. こちらが女子であったものとしよう。
    相手から机越しに、ニュッと手を出されたとき、こちらが起立したにせよ、机の横に出られて、握手を受けなおされたのでは、かえって失礼である。
    そのままのところに立って、握手を受けてしまわれよ。
    本来、女子に対し、机越しに手を出すことは、作法から、はずれている。
    で、こちらが、机の横に出れば、相手の無作法を是正している感じとなる。
  2. こちらが女子であって、相手に、握手を与えなければならないとき、前に机があり、その机の横に出るのに、こちらの水平身長以上、歩かなければならないときは、机越しに、握手を与えてしまわれよ。
  3. 以上の2つの場合をのぞいて、女子は、握手を受けるにせよ、与えるにせよ、机の横に出てからにされよ。
【型5】握手とは、顔と顔、目と目
  1. 握手しているあいだ、かならず、相手の目を見られよ。
    けっして、下を向かれるな。
    ところが、日本人は、握手といえば、手と手を握りあうことと思っている。
    なるほど、手と手を握りあわなければ、握手にならない。
    が、握手とは、かならず、目と目、顔と顔が向きあうということ。
    できれば、胸板と胸板。
  2. 相手が、たとえ、首をかしげておろうと、こちらは、けっして、首をかしげられるな。
    まっすぐな首を、胴の真上に、のせておられよ。
  3. 相手が、たとえ、うつむいておられようと、こちらは、けっして、うつむかれるな。
    アゴを突き出してもおられるな。
  4. 相手が、テレたように、上目を使おうと、こちらは、けっして、上目をつかわれるな。
    と申して、見おろすようにもされるな。
    もとより、相手の目を見ていない握手は、握手でない。
  5. このような、首と目の状態は、相手と、手を握っているあいだ、つづけておられよ。
    手を握ってしまってから、ムクムクと姿勢を正したり、相手の目を見たりされるものでない。
    姿勢を正し、相手の目を見てから、手を握られるのが握手である。
    また、そうして、姿勢を正し、相手の目を見て、さて、手を握ってから、目をそらせたり、姿勢をくずしたりされてはならない。
    相手と手を離してのちまで、目も姿勢も、かえられないのが、握手である。
    女子は、ことに、これらが、崩れやすい。と素性を問われる。
  6. 握手している最中は、断じて、お辞儀まがいに、頭を下げられるな。
    もし、お辞儀を要すると見るときは、握手の前後にされよ。
    それも、揖か、胸折礼までである。
【型6】握手での表情
  1. こちらが、握手の与え主であるとき、それが、荘厳な儀式の中での握手であれば、慎んだ表情をもってされよ。
    それが、真剣なあいさつでの握手であれば、真剣な表情をもってされよ。
    それが、なつかしいあいさつでの握手であれば、なつかしい表情をもってされよ。
    それが、ひたすらに、嬉しいあいさつでの握手であれば、ひたすらに嬉しい表情をもってされよ。
    それが、悲しいあいさつでの握手であれば、悲しい表情をもってされよ。
    握手では、いずれにせよ、はっきりした表情をもってされることが大切である。
    寝ぼけたような表情、うすわらいの表情などは、もっとも、嫌われる。
【型7】胸板と胸板
  1. 相手が、どういう姿勢をしようと、こちらは、相手に、はっきり、胸板を向けて、握手されよ。
  2. いずれかの肩が、前につき出している握手は、ゴロツキの握手と知られるべし。
【型8】握手とことば
  1. 握手の与え主は、握手するときの「ことば」の存在というテーマにつき、注意しなければならない。
  2. 日本人は、口に出して、あいさつするよりも、黙礼のほうを尊ぶが、欧米人は、いちいち、口に出さないと、あいさつにもならないと思う習慣がある。
    この習慣は、もう、2000年以上、つづいている。
    なんでも、口に出して、いわねばならない。
     「はじめまして」……How do you do ?
     「ごきげんよう」……How are you ?
     または、
     00:00〜12:00 の「ごきげんよう」 good morning
     12:00〜17:00 の「ごきげんよう」 good after noon
     17:00〜24:00 の「ごきげんよう」 good evening
     就寝前の「ごきげんよう」     good night
    教会内、大学内では、知らない人でも、行きちがうたびに、「ごきげんよう」 を、いいあう。
    欧米人から、あいさつされたとき、日本人は、よく、ことばにつまり、にっこりして、だまっている。
    これは、欧米流では、にこにこしながら、相手を観察していることとなり、無礼ということになる。
    また、日本人は、ことばにつまり、にこにこ、ペコペコする。
    形が悪いと、相手をからかっていることになる。
    とにかく、まず、How are you ということ。
  3. で、あとは、応用形となる。
    a. 声高にいうか、b. 普通の大きさの声でいうか、c. つぶやき声で、しんみりと言うか、d. ものも言えない感激を伝えたり、儀式であるからということで、あえて、沈黙を守るか、この a. b. c. d. の使い分けを、あいまいでなく、はっきりとせねばならない。
  4. 握手の受け主は、与え主より先に、ことばを発せられぬよう。
    しかし、与え主が、ことばを発したならば、それにあわせて、ことばを発せられよ。
【型9】 男と男の握手
  1. 男と男の握手は、相手が目上であろうと、年上であろうと、「深く」「固く」「短くも2秒間以上」 握られよ。
  2. 「深く」 とは、おたがいの親指のつけ根の水かきのようなところが、密着するまで、ということ。
    このとき、自分の手のひらと相手の手のひらとが、あわないように握手する。
    図:122
  3. 「固く」 とは、相手が痛がらない程度に、力いっぱいということ。
  4. もし、相手がヨーロッパ人であって、「浅く」「やわらかく」 握ってきたのであれば、こちらは、その浅いまま、同じく、やわらかく、「1秒あまり」 握られよ。
  5. けっして、握りなおしをされるな、失礼となる。
【説明】
  1. 「日本人との握手は“死魚”を握るが如く」 ということばがある。
     Handshaking with a Japanese is as if grasping a dead fish.
  2. アテネ系握手は、もともと、深く固く、握っていた。
    で、アテネ系握手は、既して、庶民のあいだに、法王系握手は、がいして、貴族間に、ひろまっていた。
    1800年代末に、イギリス紳士用握手が整理されると、そこでの形には、アテネ系が採用されながら、握り方には、浅く、柔らかく、が採用された。
    が、そのイギリスも、第2次大戦突入ごろから、男対男の握手に、深く固くの、50年前までのやり方を復活した。
    いっぽう、イギリス以外の国で、貴族間握手に、浅く、やわらかくを残していたところは、第1次犬戦後、ほとんど、やめてしまっていた。
    また、アメリカは、さいしょから、こん日にいたるまで、男対男は、深く固く、であった。
  3. 日本に、握手というあいさつ形式の入ってきたのは、幕末、明治であって、当時は、オランダ流、アメリカ流が深く固く、であるほか、イギリス流も、いまだ、深く固く、であったから、日本人も、深く、固く、していた。
  4. しかし、1900〜1930年といった時代の日本は、親英的であり、よって、イギリスの新方式である、浅く、柔らかく、を、さかんに取り入れていた。
  5. 1940年ごろから、日本の男子対男子の握手は、明治調に戻り、深く固くに戻った。
  6. やがて、敗戦ののち、アメリカ兵が入ってきても、アメリカが、深く固くであったから、別に問題も、おこらなかった。
  7. しかし、まもなく、アメリカ軍人・軍属の妻子も日本にやって来た。
    で、アメリカの女子は、気やすく、男子に握手を与えるから、日本人男子にも、多く、握手を与えた。
    ところで、欧米では、男子対男子が、深く固く、握手するときも、男子が女子に対しては、浅く、やわらかく、握るということが、普通であった。
    けれども、日本では、握手といえば、既して、男子対男子だけのものであった。
    で、男子が、女子の手を握るとき、浅く、柔らかく、握ることを知らなかった。
    で、日本に来たアメリカ女子は、ふるえ上がった。
    そのことあって、アメリカ軍の1人の女子大尉は、日本の文部省に、くりかえして、文句を言いに行った。
    困ったことに、この女子は、「握手とは、浅く、柔らかく、握るものです」 とのみ言い、「それは、女子に対するときのものです」 ということを言わなかった。
    日本の文部省に当時いた幹部は、1900〜1930年ごろのイギリス型握手をなつかしみ、そのあとの、イギリスの変化を知らない連中であった。
    で、このアメリカ軍女子大尉のことばは、文部省幹部たちによって、1900〜1930年代、イギリス型握手として理解された。
    日本では、男子対男子の握手も、1945〜1950年のあいだに、はなはだ、浅く、やわらかいものに変化した。
    日本に進駐したアメリカ将兵の数は、1945〜1975年の間で、約700万人にのぼろうが、このうち、はじめの約100万人をのぞくと、のこり、約600万人は、日本人男子と握手するや、その手中に、「死魚」 を経験した。
  8. また、1960年代以降、日本人観光客が、欧米に行くや、いたるところで、この 「死魚」 を、努力して、演じてきた。
  9. 戦後、欧米作法を日本で、本や記事に書いている人物に、男性がなく、それらは、すべて、「握手は、軽く、柔らかく、握りましょう」 となっている。
  10. 日本人も、男子対男子のときには、深く、固く、握らなければならない。
握手の仕方
図:125a
正常な握手(男と男)
(互いに手の甲が垂直になっている)
図:125b
失礼な握手
AB に対して失礼である)

【型10】男と女・女と女の握手
  1. 男が持つときも、女が持つときも、女子の手は、親指をのぞく4本指のつけ根までが、軽く、持たれなければならない。
    図:125c
    男女の握手
    図:126
  2. また、男子は、女子の手を持ったならば、その手を、少し、持ち上げられよ。
    ただし、女子が、すでにして、高めに手を出している場合は、その手が、その女子のアゴの高さにかからない程度に、とどめられよ。
    つまりそういうとき、こちらの上体を、前倒されよ。
    図:126
  3. 男子が、目下の女子から握手をもらうときも、男子は、握手をいただく、風情をされよ。
  4. 男女の握手で、もし、女子のほうが歩み寄ったときは、男子が女子の手を待つ時間を、2秒よりは、いくばく、短めとされよ。
  5. 握手を与える女子は、相手が男子であろうと、女子であろうと、こちらの腕を長く、出されよ。
    その手先の高さは、不自然でないかぎり、相手のみぞおちの高さとされよ。
    (こちらのアゴの高さが、相手のみぞおちの高さより低いときは、こちらのアゴの高さでよい)
  6. 女子は、握手をされる以上、けっして、はにかまれぬよう。
【説明】
  1. 要するに、女子対女子、男子対女子の握手は、法王系握手の形を、強く残しているものである。
  2. 女子が握手に参加したのは、ルネッサンスからであって、それは、男子に対して与え、ついでは、上下間の女子のあいだのものであった。
    目上の男子が目下の女子に握手を与え、女子相互が対等握手を行なうようになったのは、1920年代以降である。(特殊な場合には、それ以前にも、あったが)
【型11】男子の握手と手袋
  1. 握手するとき、できるだけ、手袋をしたまま、握手されるな。
  2. ただし、防寒手袋といった、なかなか、はずしにくい手袋をはめているときは、手袋をはめたまま、「手袋のまま、失礼」 と言って、そのまま、握手されよ。
【説明】

日本人は、手袋をはずして握手という習慣が身についていないから、突然の握手のとき手袋をはめたまま、手を差し出して、相手を、怒らせる。
で、男子として、手袋をはめてよいのは 「着帽空間 」(「脱帽空間」 は、手袋をしない)においてであり、また、「着帽空間」 においても、誰かと握手するとき、手袋をはずす。

【型12】女子の握手と手袋
  1. 手袋を着用したまま、握手してよい場合がある。
    1. 防寒上、手袋を必要とする屋外あるいは屋内で握手するとき。
      (屋内の例、寒地住宅内、ストーブがついていない状況のとき)
    2. 暖かいところであっても、屋外の握手のとき。
      (例、路上、園遊会場)
    3. 暖かいところであっても、屋外に準ずる場所で握手するとき。
      (例、体育館、音楽会場など、広い建物あるいはホテルのロビー)
    4. 屋内で、女子のほうが、目上のとき。
    5. 屋内で、正装し、長手袋を着用しているとき。
      (例、ボール・ルーム、カクテル・ルーム)
  2. 手袋を脱いで握手したほうが、よい場合。
    1. 屋外から屋内に入って、時間が経ったとき。
      (ただし、和式玄関から屋内に入るときは、旧来の日本式として、玄関の外で脱いでおかれたほうがよい)
    2. 食事前。
【型13】右手をあけておけ
  1. 男女とも、はずした手袋を手に持っているとき、左手に持たれよ。
    右手は、握手のために、あけておくもの。
  2. 手袋は、指のほうを先にして持たれよ。
【説明】
  1. 日本で発行された男女のウェディング・スタイルの本などを見ると、しばしば、右手に手袋を持ったりしている。
    手に持った手袋は、1つのアクセントとなるから、右手に待ったほうが、絵として、締まりやすい。
    ことに、新郎が、左腕で新婦の右腕と組み、新郎の右腕をダラリと下げているときなど、その右手に、手袋ぐらい持たせたい。
  2. また、日本のテーラーの中には、平気で、「右手に手袋を持ってください」 などと客に教える方がある。
  3. が、これらは、いけない。
    右手に手袋を持っているのは、右手が不自由で、握手などできないというときの信号である。
  4. で、新郎は、左腕で新婦を抱えるようなときも、手袋は、そのまま、左手に持っているべきものである。
【型14】小さい子供との握手
  1. 自分の相手との身長差が大きいような場合、まず、従来の姿勢で握手しようと試みられよ。
  2. が、そうもゆかないとなったとき、身体の腰から曲げて行われよ。
  3. このとき、腕をピンと伸ばされるな。
【型15 】ガタガタ手を振るな
  1. 握手では、握った手を、上下に、振られるな。
  2. 相手が、一所懸命、振りたがるとき、それを、押さえつけられるな。
【説明】
  1. アテネ系の対等握手が、イタリア商人の握手に分化するや、hand gripping でなく、hand shaking となったわけである。
  2. しかし、この手を上下に振る形は、欧米人が、減らしていっているのであるから、東洋人が、無理して、振ろうとすることもない。
  3. さらに、もう1つの手をポケットに入れたまま、握手されるな。
【型16】握手のあとしまつ
  1. 男対男、女対女の握手では、握りあった手を下げるのは、握手を与えている側の仕事である。
    与えられている側は、それに、あわされよ。
  2. 対等握手のときは、この問題を忘れられよ。
  3. 男対女の握手では、女子が握手を与えているときでも、手を下げていくリーダーは男子である。
  4. 握手を終わり手を下げられたとき、いったん、手を、ダラリとされよ。
    それから、握手を与えた側は、おもむろに、「手前下」 となり、与えられた側は、おもむろに、「手横下」 となり、相手が「手前下」となったのを見届けてから、こちらも、「手前下」 となられよ。
  5. 対等握手のときは、双方とも、前 4 の握手を与えた側の仕草をされよ。
  6. 手前下とするとき、相手の目を、一瞬、見られよ。
【説明】

作法というものは、いずれも、終わりの部分が大切である。固くならず、サラリと、しかも、くずれずに、行なわなければならない。

【型17】左手握手
  1. 右手を傷めている方は、左手で握手されてよい。
    ただし、左効きの方は、右手で握手されなければならない。
  2. そのとき、この左手握手に相対する方は、こちらの両手で、これを持って、握手されよ。
    (相手が左手握手だからといって、こちらも左手握手をすると、かえって失礼)
【型18】握手練習ケース・スタデイ

 
与える側
いただく側
男 歩
男 立
男 歩
男 座
男 待
男 歩

 
与える側
いただく側
女 歩
男 立
女 歩
男 座
女 歩
女 立
女 歩
女 座
女 待
男 歩
女 待
女 歩

【通解】
  1. 接身礼は、本来、東洋のものでない。
    相手の身体に触れなければ、辞意が通じないということは、動物に近い野蛮なことである。
    しかし、そうしなければ相手に通じないという現実が、国際化の時代において、厳存するならば、やはり、それに、つきあうところから始めなければ、世界の平和をいたし得ない。
  2. で、つきあう以上は、立派に、つきあわなければ、かえって、相手をも、自分をも、傷つける。
  3. 諸君は、接身礼のうち、さしあたり、握手に、うまくなられよ。

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