第22節 お辞儀
【通解】辞儀
- 辞とはことば。ここでは、あいさつことば。
あいさつには、その場その場において、いろいろなやり方がある。
しかし、大別すると、大げさ・丁寧の2種となる。
われわれは、この2種を基礎とした、いろいろな挨拶を、うまく使いこなせるようにならなくてはならない。
く例> 商談・会議などをしている人に、挨拶する場合
(丁寧な、しかもひっそりとした挨拶)
宴会などで旧友に会った場合
(大げさな、しかも簡略化された挨拶)
- 儀とは、仕草。
- 辞儀で、あいさつのための仕草。
- 犬はワンワン、クンクンと言う。人の 「辞」 である。
が、足りないとき、尾も振る。犬の 「辞儀」 である。
- それとも、はじめに、尾を振って、足りないとき、ワンワン、クンクンというのか。
- 神につかえる者同士は、「辞」 を真実な、丁寧なものとするとき、「辞儀」 について、無仕草であるのがよいかも知れない。
- が、ある母親は、発熱した幼児を、ある先生のところに連れていった。
この先生は、優秀であった。子供を見るや、無表情のまま、子供の口をあけさせようとした。子供は、ぐっと、口をふさいだ。先生が、それを、こじあけようとした。子供は、火のついたように、泣き出した。母親は、子供を抱いて、帰って来た。
その足で、近所の、老医師のところに連れていった。
老医師は、こぼれるように、ニコニコし、子供の身体を、前倒したり、反らせたり。で、前倒したとき、老医師が、自分の口を、ポカッとあけて、ニコニコした。子供は、いっしょになって、口をあけた。
つまり、相手が完全でないとき、真実だけでは、ダメである。「辞儀」 も要る。
- 「辞儀」 は、「辞」 とともに、相手を 「敬」「愛」 するときの自然の心から出るものであった。
が、そこに、「辞儀」 の 「型」 の約束が発生してきた。
これは、「記号」であった。
ここに、「辞儀」 は心と型の2重構造を持つようになった。
- こまったことに、この 「型」 は、せまい地球の上で、あちらこちら、バラバラに発生し、現在も、まだ、いっこうに、統一がとれていない。
日本で合掌すると言えば、礼拝のときだけである。わたくしは、タイに行った。タイの方々は、わたくしに、礼拝して下さる。わたくしは、恐縮して、小さくなった。そのうちに、これが、たんなる 「おじぎ」 であることに気づいた。で、こんどは、わたくしも、合掌した。ちょっと、よい気持ちになった。
そのあと、わたくしは、インドに行った。ここでも、「おじぎ」 は、合掌であった。もう馴れてしまったので、普通に行ない得た。
その足で、日本に帰って来た。女房が、ゴハンをよそってくれたので、合掌したところ、「バカね」 といわれた。地球は、まだ広い。
- 挨拶とは、元来、仏教のことばである。
「挨」 は近づくこと、「拶」 は引き出すこと。なにを引き出すのであろうか。
相手の気持ち、霊魂を引き出すのである。
- 挨拶は、大きく分けて、①ていねいな挨拶、②略式のごく簡単な挨拶、の2種類にわかれる。
人間のお辞儀には、この2種類がある。
- ②簡略な挨拶には、一瞬で相手に深く伝わるどぎつい信号がある。
その典型的なものが、敬礼である。
民間では、「おす」 がこれにあたる。「おす」 とは、「おはようございます」 を簡略にしたものである。しかし、これは、簡略な挨拶ではあっても、決して、品の良い挨拶とは言えない。
- もう1つ、簡略な挨拶として、国家元首から民間まで、幅広く使われている、単に手を振る挨拶がある。
しかも、これは、比較的遠くに相手がいる場合に都合のよいものである。
- 品の良い、簡略なお辞儀には、揖(ゆう)、そして会釈がある。
しかし、ともにどぎつい表現には遠いものである。
会釈は、視線という点から考えて、とくに、このことが言える。
- 簡略で、また、品の良い、どぎつい表現をするには、揖に一言を加えることである。
- そういった 「辞儀」 を、だいたい、代表的と思うものだけ、つぎに、分類してみよう。
辞儀分類表
距身礼 |
下座礼 |
土下座 |
下座・和・最敬礼
下座・和・普通礼
下座・和・浅礼 |
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半下座 |
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膝折礼 |
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最敬礼
(腰折礼) |
立・正対・長・最敬礼 |
立・正対・長・最敬礼・男
立・正対・長・最敬礼・女 |
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立・正対・短・最敬礼 |
立・正対・短・最敬礼・男 |
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立・正対・短・最敬礼・女 |
準洋式
和洋折衷式
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立・正対・和・最敬礼 |
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胸折礼 |
立・正対・礼(胸折礼) |
立・正対・長・礼(長胸折礼) |
男・立・正対・長・礼
(男子長胸折立礼)
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女・立・正対・長・礼
(女子長胸折立礼)
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立・正対・短・礼(短胸折立礼) |
男・・正対・短・礼
(男子短胸折立礼)
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女・正対・短・礼
(女子短胸折立礼)
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(長)胸折座礼 |
座・正対・長礼・手前下(男女)
座・正対・長礼・手膝下(男) |
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揖 |
座・正対・揖 |
座・正対・短・揖・手前下
座・正対・短・揖・手膝上
座・振りかえり・短揖 |
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立・正対・揖 |
立・正対・短・揖・手前下
立・正対・短・揖・手膝下 |
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立・正対・和揖 |
立・ねじり・短・揖(男)
立・ねじり・短・揖(女) |
会釈 |
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納得 |
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接身礼 |
抱擁 |
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握手 |
対等握手(アテネ系) |
上下握手(法王系) |
- 「距身礼」 とは、相手の身体に触れずに行なう辞儀。「接身礼」とは、たがいに、相手の身体の一部に触れて行なう辞儀。
- 1つの地域社会の中で、土下座のなくなっていった歴史は、概して、東洋よりも西欧のほうが早い。
- 「半下座」、すなわち、片ひざだけ、地面や床(ゆか)について行なうおじぎは、東洋になく、西欧では、絶対制王朝まで、続いてきた。
- 「膝折礼」 とは、膝を地面や床(ゆか)につけるわけではないが、それの簡略の形として、膝をなかば曲げて行なうおじぎである。
すなわち、半下座の略式のものは、現在も、ヨーロッパでは、女子の正式のおじぎとして、一般に行われている。
手横下となり、左足を、うしろに引き、右足も、やや、曲げ、首を前に垂れるもの。
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Curtsy 力―トスィ
または Curtsey
(古形は Curtesy)
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東洋では、土下座の略式のものとして、現在も、男女とも、かなり行なっている。
ことに、日本では、まだ、日常、たたみの生活が大きく、残っており、たたみにすわってのおじぎが、いわば、土下座であるだけに、両足そろえての膝折礼が多い。
この膝折礼は、洋服を着たときだけ、男女とも、けっして、行なわないようにしたい。
- 「腰折礼」 以下につき、このあと、「型」 で実地にやりながら、教えていこう。
【型1】立・正対・長・最敬礼(男)(女子がスラックスを帯いたときを含む。以下、同。)
(腰折礼)
- 相手のほうに、正対し、正立する。ここを、あいまいにされると、おじぎにならなくなる。
- このとき、足型は、その場にふさわしくされればよい。
- 男子も 「手前下」 であられること。
(ただし、軍服および、その類似制服のときは、「手横下」 であられること)
- 相手の眼を、一瞬、やわらかく、見られよ。
- 眼をつぶり、首、背、腰を、ほぼ、均等に曲げていき、顔面が水平になったところで、とめられよ。
この曲げの連動を、約1秒間で行われよ。
けっして、膝を曲げられてはならない。
- この1秒間に、同時に、「手前下」 をほどき、両手を、ズボンの横の線のほうへと、ずらせていく。
- このとき、「親指の腹」 で、上着をこすっていき、「軟式手横下」 となられよ。
- 下げの姿が、これで、でき上がったので、そのまま、約1秒間、静止されよ。
- ついで、眼をつむったまま、腰、背の順に伸ばしていかれよ。
- で、上眼を使えば、相手の眼を見得るというところで、眼を開き、相手の眼を見ながら残りの首を上げ、正立の状態になったところで、止められよ。
この上げの運動を、約2秒間で行われよ。
- おじぎとは頭を上げていくときにあり、と思われよ。
- 頭を上げたあと、アゴを突き出しておられないように。
- 頭を上げ終わってから、約1/4秒をもって、手横下を手前下に移す。
- このとき、腕は、やわらかくしており、「親指の腹」 が、上着を、こすっていくようにされよ。
【型2】立・正対・長・最敬礼(女)
(男子が、目下から最敬礼されたについて、ていねいに答礼するときも、この形)
- すべて、【型1】立・正対・長・最敬礼(男)と同じであるが、ただ、頭を下げていくとき、「手前下」 のままにしており、「手横下」 としない。
- で、頭を下げると同時に、手前下を少々押すような形で60度ひねられよ。
そうして、その位置で、手前下を固定すること。
- 頭を下げていくとき、肘が開かないように。
- こうして、頭を上げにかかったならば、この動作から、やや遅れて、手前下の位置を最初の位置にもどされよ。
- <和洋折衷式>
- 相手に正対し、心もちわずかにひざを曲げ、手前下は、ひねってやや下げる。
- 腰を45度前倒し、首を眉間顔面
水平の位置にし、深く礼をする。
この頭を下げるのに1秒。下げて止まっているまでが、1秒で、下を向いたとき、目はつぶる。頭を上げるのに、2秒で、このとき、ややしゃくる。
<準洋式>
- 正式の場
- 相手に正対し、左足を後ろにひき、右足をやや曲げる。
- ドレスのすそをもち、相手の胸を見て背すじをまっすぐに腰をおろす。
- このとき、一瞬間停止する。
- 園遊会
A.にほぼ同じであるが、あまり深く腰をおろさないで軽く行なう。
【説明】
- 最敬礼(腰祈礼)は、世界中で、太古から現在まで、続けられてきている。
- 中国では、これを 「礼」 と言い、大昔は、拱手(こうしゅ)して、その中に頭を入れていたようである。
拱手とは、右袖口から左手先を入れ、左袖口から右手先を入れている形。
そういう腕の輪を前につき出して、その中に、頭を入れていた。
- 最敬礼は、神拝、対元首礼のときに、用いられてきた。
もっとも、それ以外のときに、礼者の自発意思によって行われることを、いけないとされたこともない。
- 最敬礼の全体を4秒程度にとどめよとするのは、わたくしである。
心から、長くしていたいとき、それを、いけないと申さない。
最敬礼は、しばしば、集団として行われる。
そのときに、全員、揃ったほうが美しいし、全員として、あまり、長いのも、かえって、拍子抜けする。
と申して、あまりに短いと、最敬礼の感じがでない。
で、集団や個人の最敬礼を、あちらこちらで、実測しながら眺め、「4秒」 とした。
これは、しかし、もし、100年前の人が眺めたならば、12秒ぐらいでなければ、最敬礼と言えないと言われたかも知れない。
また、100年後の将来では、この「4秒」 を長すぎると考えられるかも知れない。
- 4秒の中が、「1秒」+「1秒」+「2秒」 にしてあるのも、最敬礼を見ていて、決めたものである。
これを、自分でやってみて、さいごの「2秒」が長すぎるように感じた。
おそらく、諸君も、わたくしと同じに感じられるであろう。
そのときは、ひとのやっている最敬礼を見られて、ナルホドと思っていただきたい。
【型3】立・正対・短・最敬礼(男)
- 相手に正対・正立し、手前下にする。
- 腰を45度曲げ、手横下で、首を眉間顔面水平の位置まで、深くさげる、1/2秒。
頭を下げて止まっているまでが、1/2秒で下を向いたとき、目をつぶる。
頭を上げるのに、1秒。
- 手前下にもどし、もとの姿勢にかえる。
【型4】立・正対・短・最敬礼(女)
- 相手に正対する。
- 左足をひき、右足をやや曲げ、ドレスのすそを持ち、背すじをのばし、本当に軽くちょっと、腰をおろす。このとき、相手の胸のあたりをみる。
- これも、【型2】女子長最敬礼の頭を下げて静止している部分をなくすか、1/4秒程度にとどめるものである。
【説明】
この短最敬礼を、集団で行なうことは、ないと考えたい。
では、個人として、どういうときに行なうか。
- 個人が、偉い人の前に出たとき、つい、最敬礼になってしまったような場合、その相手が、執務中であったようなとき、長最敬礼では、相手が、こまってしまう。
で、こういった場合に、長最敬礼の応用動作として、これを用いる。
- 芸能人が、舞台から、観客におじぎするときに用いる。
で、ここに、注意が要るのは、いつも、テレビの芸能人のおじぎを見ている者が、「おじぎとは、こういうものであろう」 とばかり、相手かまわず、ところかまわずに、これを行なうと、国際的に見ては、オーバーになる。
【型5】立・正対・長礼(男)
すべて、【型1】男・立・正対・長・最敬礼と同じであるが、ただ、腰だけは、曲げない。眉間顔面を、水平まで、持っていく。
【型6】立,正対・長礼(女)
すべて、【型2】女・立・正対・長・最敬礼と同じであるが、ただ、腰だけは、曲げない。眉間顔面を、水平まで、持っていく。
【説明】
- これは、ヨーロッパのみならず、アメリカでも、エリート社会で、通常に行われている。
日本では、旧華族社会にあり、現在は、国民的に失われている。
- ヨーロッパのホテルマンは、これを、通常に行なっており、アメリカでは、プレステージに重きを置くホテルにおいてのみ、これが行われている。
日本など、アジア諸国のホテルでは、長くヨーロッパに滞在したホテルマンが行なっている。
- こんごとして、アジアのホテルマンも、この礼法を、大切にしたほうがよいと見る。
- また、現代日本人のおじぎは、浅すぎるか、深すぎるかしているので、この中位のおじぎを大切に考えたい。
【型7】立・正対・短礼(男女別)
<立・正対・短礼(男)>
- 相手に正立・正対し、手前下にする。
- 腰を曲げず、頭を眉間顔面水平の位置まで下げる1/2秒、このときは、手横下である。
そして、1瞬間停止し、このとき、目をつぶる1/2秒。
頭を上げるのに、1秒とし、頭を上げるとき、しゃくる。
- 手横下に移動し、もとの姿勢にもどす。
<立・正対・短礼(女)>
男子とほぼ同じであるが、手前下を移動せず、ひねり押すような感じで床面と45度の角度でやや下げる。
【説明】
どういうときに、これを用いるか。
- こちらがエレベーターの中におり、相手がエレベーターの外にいる。または、その反対のとき。
ぐずぐずおじぎをしているあいだに、エレベーターのドアがしまってしまう。
- 車で動き出す相手を送るとき。こちらが、あまりに、のんびり、おじぎをしていれば、もし、丁ねいな相手ならば、こちらのお辞儀の済むまで車を動かせない。
- 相手が、向こうから歩いてきて、通りすぎていくとき、相手の足をとめさせないで、あげるため。
- 相手が、こちらと話をしたあと、立ち去っていこうとするとき。その立ち去りを、さまたげないため。
- 執務中などの相手のところに行って、こちらがお辞儀をするとき。相手の仕事のリズムをこわさないため。
【参考】
- 白人は、「お辞儀などせずに握手をする」というのは、現代日本での通念となっている。
- ところが、ヨーロッパで、すこし、あらたまった席にでると、さかんに、この立・正対・短礼をするので、「おじぎなどしない」という日本での通念が、誤っていることがわかる。
- もとより、舞台に出た演技者が、観客にお辞儀をすることは、日本人でも知っている。
が、1人対1人の場合も、身分の低いほうが、お辞儀をする、または、双方共に、お辞儀をする、ということが、普通におこなわれているのである。
このことを知ってほしい。
- アメリカでは、あまり、お辞儀をしない。
このことは、日本人が白人について、思っている通念のとおり。
- で、あるから、日本人が、ヨーロッパに行ったときは、握手をしてもよいが、立・正対・短礼でも、けっして失礼でない。むしろ、教養ある行為として認められる。
【型8】相手の振りかえりに備えよ
- こちらが、お辞儀をして、頭を上げて見ると、相手が、ほかのほうを見ていることがある。
こちらに対して、悪意を持つ相手か、それとも、お辞儀というものを知らない相手か、それとも、そのとき、ほかを見なければならない物理的事情を発生した相手であろう。
- そのとき、こちらが、ムカッと来てはならない。
そのあと、「5秒間」は、すずしい顔をして、相手のほうを見ておられよ。
- 車で去っていく相手のときも同じである。
なぜか。こちらに、悪意を持っていない相手であるかぎり、そのあと、また、こちらを、振り向くことがあるからである。
だいたい、半分は、振り向く。
で、そのとき、こちらが、よそを見ていると、こんどは、相手が、いま、こちらにしてもらったお辞儀を、虚礼であったと思い込んでしまう。つまらない。
- 部下と行列して、相手を送るときなど、この「頭を上げてから5秒間」を、部下に、徹底教育しておかれよ。
たとえ、あなたが、この「5秒間」をやっておられても、行列の末端にいる、きのう入社してきた部下が、よそを向いていれば、相手から見て、なんのことはない。
【型9】座・正対・長礼
<座・正対・長礼・手前下(男女)>
- 座っていて、とくに丁ねいなお辞儀をするとき、使う。
- 相手に、両足をひき正座して、手前下にする。
- 背すじを張った姿勢から、腰を約30度前倒する。
- 頭の角度は、眉間顔面水平の角度で、そこまで下げるのに、1秒。
頭を下げて止まっているまでが、1秒で、このとき、頭を下げながら目をとじることはせず、下を向いたとき、目をつぶる。
頭を上げるのに2秒。このとき、首をしゃくる。
<座・正対・長礼・手膝上(男)>
- どのようなとき、使うか。
一般には、座・正対・長礼・手前下(男女)を多く使うが、着物を着た場合などは、これを使う。
- 内容
ほぼ座・正対・長礼・手前下(男女)と同じであるが、手を、手・膝・上にもってくる。
【型10】立礼の回数
- 人にあったときの立礼は、「始め」 のあいさつと、「別れ」 のあいさつである。
- むかしは、この 「始め」 の礼と、「別れ」 の礼を、それぞれ、なん度も行なったものであったが。が、現代としては、儀式の場合をのぞいて、これでは、オーバーであり、相手も、へこたれる。
- そこで、わたくしとしては、「始め」 についても、「別れ」 についても、それぞれ、「1室1礼主義」 を採って見ているが、どうも、これでよい。
(別れるにあたっての座礼は、別計算)
(また、1室1礼主義と申しても、ただ、通り抜けていく部屋で、礼をする必要はない。たとえば、客間で1礼、玄関で1礼といったことである)
- ところで、この 「1室1礼主義」 であるが、それが、「別れ」 のとき、客間やオフイスでは、双方、立ち上がってから、また、会話の行われることがある。
また、玄関では、靴をはいたり、オーバーを着たり、ということがある。
で、だいたいにおいて、それらが、すっかり、済んでからの 「1礼」 がよい。
【型11】遠くから見送っている人への配慮
- 相手が建物の出口とか、部屋の出口とかで、こちらを見送っていてくれる場合がある。
こちらが、それに気づかずに、相手から見えなくなるところへ、さっさと曲がって行ってしまうのも、心ないことである。
- で、そういう曲がり角では、ちょっと、振り返る習慣を持たれたい。
相手が、もう、見送っていなければ、そのまま、行けばよいし、見送っていれば、そこで、1礼されよ。
【通解】揖(ゆう)
- 揖とは、元来、中国で、拱手して、その中に、頭を入れず、頭を、こころ持ち、下げ、腕の輪のほうを、上下したり、相手方のほうの腕を高くしたりして、行なった、略式の礼であった。
がいして、遠方の相手に対して、これを行なった。
- この形は、日本でも、奈良時代から、平安初期まで、行われていたようである。
が、元来、日本にあった、拱手しない軽い礼が、ふたたび、おもてに出てくると、これを、「揖」と呼びなおしたようである。
- こういう拱手しない「揖」は、世界中に、あったようである。
- こん日、日本で、「揖」ということばは、神社用語と、礼法用語にだけ残っている。
神社用語として 「揖」 は、参拝者が、鳥居をくぐるたびに、その前で、立ちどまって、拝殿のほうに、軽く、頭を下げることを指している。
- ここでいう 「揖」 は、世界中に、昔からあった、軽いお辞儀である。
つまり、いちいちご丁ねいに、礼もしていられないが、さりとて、ケロッとしてもいられないというときに、用いるものである。
- 揖のポイント
- 相手に正対することを条件としない。ただし、上体だけは、かならず、相手のほうに向けること。
- 目をあいたまま、相手の目を見つづけて、頭を下げていく。
- その頭を下げるのに、l/2秒。
- 手前下の移動は、礼と同様。
- 頭を下げても、相変わらず、相手の目を、見ていること。
- その静止している長さが、1/2秒。
- その頭を上げていく長さが、1秒。
- それらの動作が終わったあと、もう1度、完全に、相手を、一瞬間、見られること。
- 始めから終わりまで、相手の目を見続けているのであるから、表情を考えないと、おかしなことになる。
その表情は、まがお、スマイルなど、さまざまである。この表情を、とりちがえないこと。要は、気品よく、好感の持てるものであること。
- 女性の揖のポイント
※揖のポイントで述べたことと異なる点だけを述べる。
- お辞儀をするとき、手前下は少々押すような形で60度ひねられよ。
- 女性の場合、とくに表情に注意されよ。
目・口元で気品のある微笑をされよ。
柔らかく、気品のある、そして好感の持てる表情をされることは、きわめて大切になる。
【型12】座・正対・短揖・手前下(男女に同じ)
- 相手に正対し、足をひき正座し、手前下にする。
- 相手に対し、ずっと相手の目を見続けたまま腰を約15度前倒する。
- 頭を下げるのに1/2秒。
頭を下げて止まっているまでが1/2秒。
頭を上げるのに1秒、このとき、首をしゃくる。
視線は、あくまでも相手にすえたまま行なう。
- それらの動作が終わったあと、もう1度完全に相手を一瞬間、見ること。
- 相手が、いくばく、横にいるときは、腰や肩も、いくばく、相手のほうに、ねじられること。
首だけ、ねじられると、おサルのお辞儀となる。顔は、正確に、相手のほうに向かっているように。
【型13】座・正対・短揖・手膝上
- どのようなときに使うのか。
一般には、座・正対・短・揖を多く使うが、着物を着た場合などは、これを使う。
- 型も座・正対・短・揖とほとんど同じであるが、手を、手・膝・上にもってくる。
【型14】座・ねじり・短揖
- 座っていて、後ろから、誰かに呼びかけられたとき、使う。
- 足をひき、正座して、手前下にする。
- 体を約15度前倒し、頭をやや下げる。
- 体をひねり振りかえるのと同時に手前下を移動させる。ひじは、体にくっつけ、脇をしめる。
- そして、相手の目を見て、揖をする。このとき、頭を下げるのにl/2秒。
頭を下げて止まっているまでが1/2秒で、このときを、相手を見すえたままでいる。
頭を上げるのに1秒。
- 手前下の移動と同時に、もとの姿勢にかえる。
【型15】 立・正対・短揖(男・女別)
- 立ったときで、大部分の場合、これを使う。
- 相手に、正対・正立し、手前下にする。
- 腰を約15度前倒し、手横下で、相手の目を見続けて軽く頭を下げる。
- 頭を下げるのに1/2秒、このとき、上目づかいで、相手の目を見続けて行なう。
- 頭を下げて止まっているまでが1/2秒。
- 頭を上げるのに1秒、このとき、頭をややしゃくる。
- 手横下から、手前下に移動し、もとの姿勢にもどす。
女子の場合は、男子とほぼ同じであるが、短・揖をするとき、手前下を、ひねり押すような感じで、床面と45度の角度で、やや下げる。
【型16】立・ねじり・短揖(男)
- 狭い場所で、どうしても相手に正対できないが、お辞儀を必要とされるとき、使う。
- こちらが座っているところを、前方に、目上の方などが通られ、こちらが、そのまま、座っているわけにもいかないときに用いられること。
- こちらが、起立するとき、もう、先方の目をとらえられ、こちらの表情で、先方を心理的に、ひっぱってしまわれること。
- しかし、バタバタと立ち上がらず、ゆっくりと、立ち上がられること。
- ただし、イスのあとしまつをしているヒマがないので、イスは、そのままとされること。
- 立ち上がられたとき、男女とも、身体の中央に手前下とされなければ、かえって失礼となる。
- 首を先に相手に向ける。
- ひじを体にくっつけ、脇をしめ手横下に移動するのと同時に上体をねじる。
- 体を約15度前倒し、相手の目を見ながら、頭を軽く下げる。
頭を下げるのに1/2秒。
頭を下げて止まっているまでが1/2秒。
頭を上げるのに1秒とする。
- 上体を起こし、手前下にもどし、さらに、首をもとにもどす。
【型17】 立・ねじり・短揖(女)
- 首を先に相手に向ける。
- 手前下は、移動しないで、ひねり押すような感じで、床面と45度の角度でやや下げる。
- 体を約15度前倒し、相手の目を見ながら、頭を軽く下げる。
頭を下げるのに1/2秒。
頭を下げて止まっているまでが1/2秒。
頭を上げるのに3/2秒とする。
- 手前下と同時に首をもどす。
【型18】食べているときの問題
- こちちが座って、口に物を入れているとき、人に呼ばれるか、または、向こうから、知った人がやって来るか、することがある。
- そのとき、けっして、口に物を入れたまま、立ち上がられないよう。呑み込んでしまってから、立ち上がられよ。
- 呑み込むまでに、時間がかかると見るならば、まず、座揖し、ついで、下を向き、噛み、呑み込み、それから、起立されよ。
- 起立揖しようとして、立ち上がったところ、相手が、もう、行ってしまって、いなくとも、こちらは、失礼したと思われる必要なし。
- また、起立揖しようとして、立ち上がったところ、相手が、そのあたりにいるが、向こうを向いて、他の人と、話していることがある。そのときは、相手の背に向けて、起立揖を送られればよい。
- これらで足りないと思うとき、相手のほうに、ノコノコ、出かけて行かれよ。
【型19】会釈(えしゃく)
首をこころ持ち、下げながらも、相手の目を見たまま、ふたたび、首を上げてしまうものである。
揖の、いっそう、あっさりしたものとも言える。対等な相手、または、目下に対して、行なうもの、
【型20】階段昇降中振り返り会釈
階段昇降中に、うしろから声をかけられたら、目上、目下にかかわらず、次のように行なう。
- 片足を前に出した状態で立ち止まる。(図1)
- うしろ足のほうの手を伸ばして、相手の目をちょっと見、軽く頭を下げる。(図2)
階段昇降中は、声をかけられても、この会釈で済まされよ。
その場では、たとえ相手がどんな方でも、階段の途中で相手側のほうに向きを変えて、挨拶されぬように注意されよ。
この方法を採ってから急ぎ足で昇降してしまい、相手が近づいてくるのを待ち、ここで丁ねいに挨拶をする。
【通解】
階段を降り始めたら、下まで降りきること。昇り始めたら、昇りきること。昇降中にひき返したりしない。
たとえば、昇降中にゴミを拾うように言われたり、または、ふと、忘れ物に気づいたときでも、途中ひき返さず、上まで昇る。また、下まで降りる。そして、それから戻る。
これは、西洋のジンクスである。
階段を掃く場合でも、掃き降ろすときに、戻って掃き直しをせず、下まで掃き降ろしてしまう。
このような作法の背後には、縁起をかつぐことがあるが、もう1つの理由として、西洋女性の服装(ロング・スカート)条件が考えられる。
【型21】納得(なっとく)
「わかった」 と言ったときに、自然に、出るもの。
【型22】お辞儀のあとの横への歩き出し
- まず、歩き出す前に、ほんの一瞬、相手の目を見られよ。
- つぎに、頭を、少々、うつむきかげんにしながら、ゆっくりと、横を向かれよ。
- こうして、横に向ききったときも、頭を自然に正面を向いていること。さらに、ちょうど、始めの1歩を踏み出し終わっているようにされよ。
【型23】荷物を持ってのお辞儀
- 荷物を持っているとき、お辞儀しなくてはならなくなったならば、まず、床の上に置こうと試みられよ。
- が、床の汚れているとき、サイド・テーブルやイスなどがあれば、これに置かれたのち、お辞儀をされよ。
- が、置くところのないとき、片手で持てる物ならば、小脇に抱えなおして、あいているほうの手を手前下に下げ、お辞儀されよ。
- また、小脇に抱えられない物は、両手で持ち、荷物を下げて、お辞儀されよ。
- ショルダー・バッグを肩にかけたまま、礼をされてはならない。前に持たれよ。
- 礼をされたあと、すぐ、肩にかけるのは、失礼である。
礼のあと、4〜5歩、歩いたあとに、肩にかけられよ。
- それまで、バッグは、手横に持って歩かれよ。手前に持ったまま、歩かれないこと。
- 肩にかけるときは、かならず、立ちどまられよ。
【型24】すれ違うときのお辞儀
- こちらが歩いて行き、向こうから来る人に、お辞儀しようと思うとき、昔ならば、相手のえらさによって、こちらは、立ちどまって、お辞儀した。
- が、現代作法としては、相手にも、立ちどまらせて、こちらに、お辞儀なりをさせようと思わないかぎり、こちらは、立ちどまらずに、お辞儀されよ。
【通解】ヨーロッパでも、ベースは距身礼
- 東洋では、「西洋での辞儀は、接身礼のみである」 と思われているフシがある。ところが、そうでない。
- BC1000年ごろまで、全ヨーロッパに広がっていたケルト人は、一般に、距身礼を行なっていたと見られている。
- カスピ海からダニューブ川に沿い、北西に広がっていたテュートン人は、厳格に、距身礼のみを行なっていた。
- さらに、ギリシア半島に、東と北から入って来て、さらに、地中海沿岸に広がったラテン人も、もともと、距身礼のみを行なっていた。
- しかるところ、メソポタミアを本処とするセム族だけが、接身礼を行ない、この風習がさしあたり、小アジアから、ギリシアまで、伝播した。
- で、ギリシアでは、BC400年ごろ、アテネで、「握手」 という、軽い接身礼を採用した。
けれども、この相手は、こん日で申せば、軍隊の 「敬礼」 の役目をしており、アテネ武士が用いただけで、同じアテネでも、一般人は、距身礼を行なっていた。
- このように、ヨーロッパでも、辞儀は、距身礼をベースとしており、それは、現在でもそうである。このことを、われわれは、知りなおす必要がある。
- あるヨーロッパ人は、わたくしに、つぎのように、ささやいた。
「林さん、あなたが、いま、無意識に、わたくしにして下さったおじぎ (Bow) こそは、われわれ、ヨーロッパ人の魂の底にあるあいさつの形なのですよ。握手は、それは、あるいは、ギリシア人の風習であったかも知れませんが、人前で、抱擁する形などは、元来、ユダヤのもので、そのユダヤ人が、教会、王侯、貴族、富豪に広まったので、われわれも、ときどき、それにつきあわされているだけなのです」
わたくしは、これを聴いたとき、はなはだ、奇異に感じた。
しかし、外交官の信任状捧呈式といったものを考えてみよう。
なるほど、ここでのあいさつは、おじぎであり、握手は、追加に添えられることがあるだけである。
こうして考えてみると、ヨーロッパでも、距身礼が、辞儀のベースをなしていると思えなくもない。
- さらに、イギリスの場合で考えてみると、イギリス人は、カクテル・パーティーのときとか、バーやコーヒー店の中とか、そういったくつろいだ場所で、誰からか、誰かを紹介受けたようなとき、ほとんど、握手などしないで、丁ねいな揖を行なっている。
これなども、テュートン人のおじぎの生地が出ているのではなかろうか。
ここでも、わたくしは、イギリス人が、非公式のあいさつに、握手を、あまり用いないわけを、聞いてみたことがある。と、それは、1人のイギリス人の意見にすぎないかも知れないが、つぎのような説明を得た。
「もともと、握手という方法は、スペイン、イタリア、フランスといった南の国から来たものでして、イギリスでは、これら、南方人とつきあいの多い貿易商のあいだに、ひろまったものです。それは、いまでは、公式のあいさつ形式にもなっていますから、われわれも、握手しますがね。手を出すのは、冬など、寒いでしょう」
そう言って、ニヤリと笑った。
【通解】抱擁辞儀
- 母子、夫婦の抱擁は、自然なものである。
しかし、これを、誰とでも、人前で、儀礼的な場合にまで行なう習慣というものは、ことによると、特殊である。
それは、よほど、前後左右を考えずに、子供っぽい頭脳をもって行動する人たちの社会でなければ、そういうことが発生して来まい。
しかし、そういう、いくばく、白痴のあつまりの中に、「儀礼」 といった観念があり得たであろうか。
そうでなく、ある恐怖と猜疑心に満ちた社会があったとき、そこに、「わたくしが、あなたを、いかに、愛しているか」 ということを、あらわすための思い切った方法が発生していたということを考えたい。
同じ接身礼でも、衆徒が、宗教的中心人物のイスに座っているところに来て、その足を両手で捧げ持つというのと、抱擁とは、ニュアンスが、ことなる。
古代セム人たちの抱擁辞儀は、イスラエルにおけるイスカリオテのユダのキリストに対する抱擁、そうして、それが、キリストを売り渡すための信号であったといった形にも、あらわれた。
この抱擁辞儀は、初期キリスト教とともに、全ローマ領に広がり、しかるのち、キリスト教の東西分裂後、西ローマ帝国では、教会、官廷の中の挨拶形式にのみ残り、東ローマ帝国では、ここが、セム社会に、地理的に近いだけに、農民の挨拶形式にまで、行き渡った。
- こん日でも、東欧圏では、抱擁辞儀が、一般の挨拶形式となっている。
で、たとえば、ソ連の高官が、空港に降り立って、出迎えた仲間国の親分と熱烈な抱擁をしているところを、ニュース写真などで見る。
3ヵ月経たないうちに、その抱擁した相手を殺したりしている。
随分、あきっぽいなと思えるが、はじめから、この抱擁とは、儀礼的なものであったわけである。
- ともあれ、この作法心得では、抱擁辞儀の仕方につき、省略する。