第5章 立居振舞 ◆第16節 振り返りなど
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第16節 振り返りなど


【通解】振り返ってよいが
  1. 日本では古来、聴者が、前からの講義を聴きながら、うしろを振り返ったり、うしろの者に連絡することを、不作法としてきた。
    しかし、誰しも、講義してみて、わかることであるが、ヒソヒソ話でもされないかぎり、聴者のうしろへの振り返りは、講者にとって、それほど、じゃまにならない。
  2. それだけでない。
    聴者が講者のほうに正対していようと努められるあまり、目だけ、ヨコ目を使って、他を見られるのが、かえって、講者にとって、じゃまになる。
  3. で、わたくしは、ある年の授業のとき、「諸君が、うしろを振り返られることを、不作法と思わない」 と申しあげた。
  4. ところが、そう申しあげたあと、2名の先生から、わたくしに、クレームが来た。
    「いくばくの学生が、1時限の中で、半分ぐらいの時間を、うしろの誰かと、何か、やっちょる。注意したところ、作法の先生から、これを不作法でないと言われています」 と来た。
    (あんた、そんな教育してんの?)
    そこで、わたくしは、改めて、教室で、みなさんに申し上げた。
    「うしろを振り向くにせよ、向きっぱなしは、ひどいよ」
【通解】 物音に、すぐ、振り向くな
  1. おどろきを動作にあらわす者は、中心人物となれないし、そのまえに、紳士淑女としての資格を問われる。
  2. 異常な物音がしても、3秒以内に、そちらを振り向かれないよう努められよ。
  3. ただし、いま、自動車が、こちらに飛び込んできたものとしよう。
    その物音を聞いて、3秒間、振り向かなければ、ひかれてしまう。
    3秒間振り向かないとは、瞬間的に音の種類を聞き分けて、振り向く必要のないものにあわてて、振り向いたりしないということ。
    ひとびとの長たるものは、この能力を養っておかれよ。
  4. わたくしが、西ドイツの、ある行政官から聞いたはなし。
    「昔、ヨーロッパのある王国で、総理大臣が亡くなりました。
    王さまは、そのあとの総理大臣を誰にしようか、迷われました。
    が、王さまに、1つの案が浮かばれました。
    王さまは、重臣たちと、その夫人たちを招いて、会食を始められました。
    王さまは、給仕長に、あらかじめ、命じておかれて、食事中、下座の壁にかけてあった大きな皿を、床の上に落とさせられました。
    皿は、こなごなになり、たいへん、大きな音がしました。
    その物音のしたとき、A重臣は、一瞬、首をすくめたのち、いそいで、王さまのそばに駆け寄り、王さま、ご無事でございますか、と言いました。
    A夫人も、そのあとを追って、同じようにしました。
    B重臣とB夫人は、一瞬、首をすくめ、そのまま、じっとしていました。
    C重臣は、ケロリとしていましたが、C夫人は、ビクッと、皿のほうを見ました。
    D重臣は、ピクリとしましたが、D夫人は、ケロリとして、ごちそうを食べていました。
    E重臣と、E夫人は、二人とも、ツンボであるかのように、ケロリとして、ムシャムシャ食べつづけていました。
    で、王さまは、E重臣を、総理大臣に任命されました。
    で、それから、ながく、国が、よく治まりました」
  5. わたくしは、元来、物音に振り向く男であった。
    が、振り向かないように意識し始めた。
    と、はなはだ、短い期間のうちに、大きな物音に振り向かないよう、変わってしまった。
    で、この練習を、諸君に、お勧めする自信がある。
    後天的に、かえられるということ。
    やってみられよ 「3秒間は振り向くな」
【型1】 すぐに振り返るな
  1. 爆発音、その他、異様な物音がしても、3秒間は振り返られるな。
  2. ただし、車、機械などの操縦中は別である。
  3. かりに、3秒以内に振り返ったところで、もう遅い。
    ゆうゆうとされよ。
  4. それよりも、キョロッと振り返るほうが、まわりの人心を動揺させる。
  5. 理として、これを承服できない方は、承服されなくてよろしい。
    こういったことは、実地から得られるもの。
【型2】 各関節などの回転限度
図67
  1. 日常、横や、後方を見るとき、目は30度限度、首も30度限度、肩も30度限度、腰も30度限度をもって曲げられよ。
  2. すなわち、目だけで足りないとき、首の回転を補いとされよ。
    その首の回転だけで足りないとき、肩の回転を補いとされよ。
    その肩の回転だけで足りないとき、腰の回転を補いとされよ。
  3. 120度以上後方を見るためには、身体全体を回転されよ。
  4. ただし、体育のためには、いっさい、このような制限なく、行われよ。
【型3】 座振り返り
  1. イスに腰かけていて、うしろを振り向くためには、まず、両足のかかとを、できるだけうしろに持ってゆく。
    ついで、上体ごと、回転させられよ。
    このとき、両足の裏を、極力、動かさないようにされよ。
  2. これは、正座をしているときのみならず、たとえば、フカフカのソファに休座しているときに至るまで、そうされよ。
  3. 身体をねじることにつき、次図 のような回転のほかに、 のような回転を大いに用いられよ。
    のほうが、より多く、後方を眺め得られるし、後方の人物に対しても、greetings を生ずる。
    68a 68b
  4. 手は、側方手前下とすること。
    1. すべて、一般手前下 と同じであるが、手を置く位置を、左右どちらかの足の付け根のあたりとする。
    2. ずらした側の手の肱を、胴にくっつけておかれよ。
      こうしないと、後方の相手に、失礼となる。
【型4】 立振り返り
  1. はなはだ短い半径で、歩行回転されよ。
    4〜5歩で充分。
  2. 足まで、うしろに向けるのであるが、かかとで、クルッと、まわるようなことをされるな。
    軍隊とは異なる。
  3. また、「まわれ右」 の足型をとられるな。
【型5】 歩行振り返り
  1. 呼ばれても、キョロッと、首だけ振り返られるな。
  2. ゆうゆうと、骨盤ごと、相手のほうに向きをかえられよ。
  3. しかし、階段昇降中の振り返りの場合においては、このやり方をしない。
    これは、第22節【型20】「階段昇降中振り返り会釈」で述べてある。

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