第8章 特定の場所での作法◆第12節 便所と洗面所
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第12節 便所と洗面所


【通解】しっかりした作法
  1. 「およばれ」で、美しく、振舞うのは、たしかに作法の極致である。
    が、その紳士淑女が、便所・洗面所の使い方を、めちゃくちゃにしていたのでは、うわべの作法ができているだけ。
  2. 反対に、「およばれ」での仕草が、ゴツゴツしているにかかわらず、便所・洗面所の使い方が、1本、効いているほうが、人間として、立派である。
  3. で、この章につき、わたくしは、異常に、力を入れる。
    それは、たしかに、異常なのであるが。
【参考】尾籠は便所
  1. 漢の時代に漢民族は、まだ、多く黄河、楊子江のあたりに集まっており、南方に充分な展開を見せていなかった。
    この南方人は、中央部の人たちから見ると、たえず、ガヤガヤ、やかましい人たちであった。
    で、中央の人たちは、南方人を、「烏滸(おこ)」と呼んだ。
    烏(からす)が滸(水際)に集まって、無秩序にガヤガヤいっているみたいということ。
  2. この「烏滸」ということばは、そのあと、「おろかしい」という意味を併わせ持った。
  3. 奈良・平安期に、このことばが日本に入ってくると、日本には、「烏滸がましい」ということばができた。
    その意味は、上と同様「おろかしい」ということ。
  4. 室町期に入って、この「烏滸がましい」は、「尾籠(おこ)がましい」というアテ字で書くようにもなった。
  5. で、それから、まもなく、この「尾籠」の文字から、つぎのような意味を生じた。
    「籠」は、元来、カゴであるが、旗籠(ハタゴ。旅館のこと)とか、棚籠(タナゴ。店舖のこと)といったことばがあるように、建物をもあらわしていた。
    尻尾用の建物などと、人間に尻尾はないが、ともかくも、「尾籠(おこ)」は、便所のことを意味するようになった。
  6. で、江戸期に入ると、江戸の殿中で、「尾篭(おこ)」を「尾篭(びろう)」と読んで、「尾篭(びろう)の話」と申せば、便所の話、ひいては、大小便の話を指すようになった。
【参考】ウンコなどの語源
  1. 作法と関係ないが、ウンコなどの語源を整理しておきたい。
  2. 太古以来、日本および太平洋諸島では、ウンコのことを、ババとかベべとか呼んできたようである。
    いくばく、やわらかい大便をするときの音から来ていよう。
  3. クソというのは、チベット語であるとも言うが、わからない。
    しかし、数千年前には、すでに、入ってきたことばのようである。
  4. 「糞(フン)」は、音として、排便のときの呼吸音から来ていよう。
    文字としては、米田の下に、共に撒くものという理屈によっていよう。
  5. 日本では、糞と書いて、「クソ」とも読んできた。
  6. 「屎(し)」は、文字での「尿」の音で、そう読むようにしたが、意味は、「米のしかばね」。
  7. つぎは、ウンチ。
    バラモン教(現ヒンズー教)において、Aを陽の声、UNを陰の声として来た。
    この考え方は、仏教でも、そのままでA‐un ということばで、陰陽をあらわした。
    これが、漢訳されて、「阿吽(あうん)」となった。
    中国仏教では、大小便を「吽(うん)」と呼び、大小便の溜まりを、「吽置(うんち)」と呼んだ。
  8. これらが、奈良時代の日本に入って、そのまま、上流語となった。
  9. いっぽう、中国文化が入ってくる以前の日本、ないし太平洋諸島には、1つの小さなモノを「こ(子)」と呼ぶ習慣があった。
    ムスコ、アネゴ、ヨメコ、メノコ、キノコ、トリノコ(卵のこと)、ヒヨコ、カズノコ....。
  10. で、「吽(うん)」は、鎌倉、室町時代にウンコと愛称された。重箱読みである。
    ただし、このとき、大便のほうだけをそう呼び、小便のほうは、あいまいのままとされた。
  11. 室町時代に、ウンチは、教養ある大小便の呼び方。
    ウンコは半分、教養ある大便の呼び方、ババとかクソが大衆語としての大便の呼び方であったと見たい。
  12. 「便(ベン)」は、おとずれであって、風流な呼び方である。
    これは、1100〜1200年代の中国、つまり、「南宋・北宋」の時代に仏教寺院から発生したことば。
    日本には1500年代に、同じく、仏寺の中に定着したようである。
  13. 大便・小便という表現は、日本の江戸時代の医官の間から発生して来たと見たい。
  14. つぎは、小便であるが、大便をババと呼んだとき、小便は、「シイ」と呼んでいたのでないか。やはり、音から来ていよう。
  15. 「糞(クソ)」への対応語は「尿(ユバリ)」であった。ユは湯、バリは、ひろがること。
  16. 糞をフンと読めば、尿は、ニョウ。
  17. 別に「屎尿(シニョウ)」という組み合わせ方もある。
  18. 「ウンコ」への対応語は、「シイコ」。のちに、つまって、「シッコ」となった。
  19. 室町時代の上流での小便の呼び方は、はっきりせず、シイコとシイが大衆語であったと思われる。
【型1】野糞作法
  1. まさかと思われようが、欧米人も、さかんに、野糞をしている。
    ただし、野糞には、不文律がある。
  2. まず、畑や森の中でするが、道路や駐車場や宅地から20m以上離れてすること。
  3. したウンコには、あとから来た人が踏みつけないよう、30〜50cm 四方の紙をかけてくること。
  4. 注意として、紙で掩ってない不心得者のウンコを踏みつけないよう、足元をよく見て歩くこと。
    ことに、出て来るとき、踏みやすい。
【説明】
  1. わたくしも、いっぺん、フランスで、踏んづけた。
    ヨーロッパの野糞は、空気が乾いているせいか、すぐに、コロンコロンになっている。
    冬は、よく、凍っている。
    で、まあ、踏みつけても、マンジューを踏んだようにしかならないが、やはり、気持ちは、よくない。
  2. それから、たとえば、ドイツのアウトバーンには、日本の高速道路よりも、はるかに、駐車場が多いが、その中には、簡単なものもある。
    こういうところに、車を入れると、屑籠や吸いがら入れは、かならずあるが、便所がない。
    で、緑色の木の札が貼ってあって、白いペンキで、「Selbstgenugsamkeit die Toilette(便所を自足せよ)」と書いてある。
    はじめ、わからないが、駐車場を囲んでいる森に分け入る1本の小径がある。
    そこに入って行って、10m 以上も進むと、木が、いくばく、まばらになる。
    そのあたりに、30cm 四方ぐらいの紙が、あちらこちらと散っている。
    これが、みんな、「自足」したあとである。
    立小便も、このあたりでするが、別に、紙をかぶせて来なくてよい。
    済ませて出て来て眺める、あたりの朝もやなどは、まことに美しい。
【型2】立小便のルール
  1. 昼間も深夜も、街中と農村集落の中では、いっさい、大小便が、ご法度。
    それが、空地であろうと、廃墟であろうと、道路上であろうと、いけない。
    国によっては逮捕ということになる。
  2. ところが、農地、林地の中では、昼間もO.K.。
  3. ただし、道路のスミに立って、農地、林地の中にするのは、いけない。
    なるべく、農地、林地に10m 以上、入ってからすること。
【説明】
  1. 立小便は、欧米でも、つねにしているので、日本だけの悪習慣と思う必要がない。
  2. ただし、わたくしは、パリのブーローニュの森のきわの道路の上から、森の中にしていて、叱られたことがある。
    する者のかかとまでが、森の領域に入っていなければいけないし、そうして、した小便が、森から、道路に流れ出てもいけない。
    女子は、どうしているのか、まだ、知らない。
  3. ちなみに、ブーローニュの森には、便所が、いっさい、ない。
    ここでも、森に入って、道路から姿が見えなくなるようにして、立小便するのが、不文律となっているようである。
【参考】バスをとめてよい
  1. ヨーロッパで、バスで走っているとき、誰か、男女、いずれかの客が、運転手のそばに行って、何かいうと、まもなく、バスが停まる。別に、停留所でもない。このことは、観光バスでも発生する。見ていると、その客が、ゆうゆうと降りて行く。バスは、動かずに停まっている。4〜5分すると、いまの客が、バスに乗ってくる。バスは、ドアを閉めて何ごともなかったのごとく、動き出す。
    いったい、なにがあったのだと思うが、やがて、わかることは、この客が、小便をしに行ったのであったということ。
    ヨーロッパは、このように、ノンビリしているとも言える。しかし、冬などは、いかに、バスの中にヒーターが通っていても、冷えてくるし、バスに乗る前に、ワインを、しこたま呑んだりしていると、やはり、がまんできなくなる。
    それから、バスを降りて、やってきても、バスがいなくなっていると、村と村の間が離れているし、そう、バスが、ひんぱんに来るわけでないから、困ってしまう。で、このような習慣が、生まれたのであろう。

  2. 運転士は、この客が、男子であると、森や畑のところでも、バスを停めてくれる。
    その客が女子であると、ドライブイン・レストランや、そうでなくても、人家のあるところで停めてくれる。ヨーロッパの運転士は、心得ている。
  3. それから、このバスが停まって、また、動き出すまで、運転士も、他の客たちも、淡々とした、素知らぬ顔をしている。
    ただ、戻ってきた客だけが、誰かれに、「ありがとう」と言っている。何か、味がある。
  4. 困るのは、このとき、日本人が乗っていると、コソコソと便乗して降りて、やってきて、コソコソと乗ってくること。
    で、まわりに、「ありがとう」とも、何とも言わないで、小さく、座ってしまうということ。
【参考】便器の変遷
  1. 元来、人は、男女とも、野ぐそ、野小便をしていた。
    また、水の中に入ることが、それほど、冷たく感ぜられない地域では、川や海に入って、大便をしていたし、それが、冷たい地域では、厠(かわや……川屋)つまり、小屋を、川の上に、張り出し、上から汚物を落としていたし、また、そうした場合、下から吹き上げる風にも耐えかねる地域では、自宅内に、便所を造り、そこに、壺や桶を置き、いっぱいになると、そこに捨てにいっていた。
    後架である。
  2. 水洗便所の歴史は、意外に古い。
    BC 1800年頃、クレタ島のクノッソス宮殿に、完全な給排水装置と陶製便器を備えた水洗便所が設備されたという。
  3. BC 600年代に、中国で、周の宮中に、汚物を処理する汚水溝がつくられ、水を流して処理していた。
  4. 1072年、イギリス海岸のティンタン修道院では、潮の干満を利用した水洗便所をつくった。
    便所の下に、海水を導入し、満潮のとき、閉めてしまう。
    で、干潮になったとき、あけると、海水が汚物を、いっしょに洗い出す仕組みであった。
  5. 1140年代になると、イギリス、カンタベリー修道院で、給水塔から鉛のパイプを引き、本格的給水装置をつくり、いろいろ使った水を、さいごに、便所の下に引いて、水洗便所とした。
  6. ついでに1180年ごろ、ロンドンに最初の公衆便所がつくられた。
    テームズ河畔にあり、しゃれた屋根のついたもの。しかし、これは、水洗ではなかったようである。
  7. 1978年、イギリス人、ブラマーは、タンクに水を溜めておき、レバーを引くと、一定量の水が流れる現代式の水洗便所を開発した。
  8. 水洗便所の本格的な進歩は、むしろ、最近になって始まっているように思えるし、ここでは、日本の技術が多分に、ものを言っているようである。
  9. 便所を男女に分けることになった歴史も、比較的、あたらしい。
    1793年、パリの大舞踊会場で、はじめて、男女別に便所がつくられた。
    で、以後、この習慣が広がった。
  10. つぎに、便器および用便姿勢であるが、現在、フランスでは、パリをはじめ、日本と同じ、しゃがみ便器が、まだ多く、しかも、金かくしがないから、男子は、大便中、小便をするとき、サオの先を、手で、下むけにしてないと、威勢よく、小便が、前にとんでしまう。
    (日本でいわれているヨーロッパ人は、座便器でないと、ひっくりかえるというのはうそ)
    図:パリの便器
    この、しゃがみ便器は、野ぐそと同じ姿勢で使えるから、自然に近いものであるし、まい日、いっぺん、これをやると、下腹に力を入れる訓練になってよいわけでもあるが、しかし、痔になりやすい。
  11. しかし、腰かけるおまるの歴史は、以上とは別に、はなはだ古いものである。
    BC 1370年、エジプトの当時の首都エル・アマルナの住宅では、いろいろの形の腰かけおまるが使われていたという。石灰石をくり抜いたもの。
    図:おまる

  12. 1090年代には、ヨーロッパで、しびん、おまるが発達している記録がある。
    ヨーロッパ人は寝間着というものを着なかった(最初の寝間着は1590年代にロンドンで発生した)。
    で、しびんは、寒い晩に、ベッドの中で用を達するためのもの。
    形は、こん日のものと、だいたい同じ。
    材料としては、木、石、陶器、錫、銅などが用いられ、高級品としてはガラス、銀のものなどがあった。
    ベッドの足もとに堂々と置かれ、むしろ、自慢とされた。

  13. おまるのほうは、現代、ドイツで、NACHT TOPF(ナハト・トップフ)(夜の壺)と呼ばれて、あいかわらず使われているもの、ふたがついている。
    図:おまる
  14. 1510年頃、ヨーロッパ各地に、ポータブルの水洗便器があらわれた。
    貴族旅行用。
    しかし、これは、旅行用だけでなく、宮殿の中でも、使われていた。
    ヨーロッパ宮殿に、こん日も、観光客用にあとから設けたものを除いて、便所というものがないのは、このへんの事情による。
    図:ポータブル水洗便器
  15. 座便器は、民間にも、広まってゆきつつ、その口が、次第に、卵型となり、乗りやすくなっていった。現在でも、水洗になっていながら、それを使っているところがある。
    両腿のつけ根にあたるところが、陶器では冷たいので、木をはめ込んだりしてある。
    図:座便器
  16. やがて、長く腰かけていられるよう、平べったい座枠が考案され、男子の大便のときと、女子使用のときのみ、壁からはずして、壺の上に置くようになった。
    だいたい、1830〜1930年というところが、欧米での、この時代といえる。
    さらに、1930年ごろから、上蓋と座枠と壺が、蝶番で結ばれた。
    図:座枠
     図:蝶番付
  17. 河口慧海(えかい)先生のチベット旅行記を見ると(白水社版 PP 213)、明治30年になっても、チベットでは、ウンコをしたあと、うっちゃりぱなしであること、法王から羊追いに至るまで、みんな同じであるとある。
    けれども、インドでは、用便後、尻を高くして、これに水をかけ、指でこすっていた。
    実はこの方法が、心身の健康のため、もっとも進歩した方法である。
    また、乾燥した地域では、何分間か、尻を乾かしていれば、なにも要らなかった。
    なお、乾燥地域では、そのあと、乾草、羊皮、布などを用い、この羊皮、布などは、洗っては、また、使っていたようである。
  18. AD 340〜350年代に、中国では大便後、木片で、あとを拭いていた。
    この木片を籌(ちゅう)と呼び、貴族は、これを錦の袋に入れて持って歩いた。
  19. 1290年ごろ、中国で、便所に紙を用い始めた。
    ただし、その紙は、まだ、堅いもので、揉むのに、骨が折れた。
    ヨーロッパで、便所に紙を用いるようになったのは、1700年代ぐらいかららしい。
    それまで、どうしていたのか。
    現在、日本のちり紙は、世界で、もっとも、やわらかい紙といえる。
    それにつぐのが、トイレット用ロール紙で、これは、欧米でも、まだ、高価であるから、ヨーロッパの場合など、はるかに粗悪で固い紙が、まだ、相当に多く用いられており、せっかくの水洗式座便器でありながら、ワラ半紙の裏がわだけのような紙が、積んであって、これで、よく、水洗が、詰らないものと考えさせられることがある。
  20. ビデは、元来、尻を洗うこと専門の道具である。古代ローマ人は、用便後、別の壷にいっぱい、水や湯を張ってあるところに、尻を持っていって、洗い、あと、布で、拭いていたという。
    この方式は、イタリア、フランス、スペインで、存続してきて、水洗便所の時代に入るとともに、こん日のビデになったという。
    こん日型ビデの1つは、ネジをまわすと、壺のなかに水や湯が、いっぱいに出てくる。
    あふれぬうちに、とめなければならない。
    ここへ、尻を持っていって、古代そのままに、指で洗う。
    そのまえに、便器のほうで、紙を使って、8分どおり、仕上げておいたほうがよい。
    ビデの水や湯は、使ってから、別のネジをまわすと、下に抜けて、なくなる。
    もう1つの型は、1930年代あたりから、あらわれたもので、尻を持っていってから、ネジをまわすと、水や湯の噴水があがり、かなりの水圧で、肛門一帯が洗えてしまう。
    指で助成すれば、能率がよい。
    壺のなかに落ちた噴水は、ただちに、流れ去る。
    現在、ラテン系の国のホテルに行くと、だいたい、ビデが便器と並んで置かれている。
    あわてて、ビデのほうに、大便をしないこと。
    ビデには、上蓋や座枠がついていない。
    日本のホテルでも、次第にビデをつけ始めている。
    ビデを使って、尻を洗った経験を持つと、そのあとのすがすがしさから、家庭にも常備したくなる。
    日本でいうことばに、カトリック系の国にビデが多いのは、離婚ができなく、姦通が多く、そこで、女性器の洗浄を容易ならしめるためであるということがある。
    これは、うがちすぎており、古代以来、湿気ある地域に広がったラテン民族の用便後の必要という事情を知るべきである。
    図:ビデ
【型3】男子は女子にたずねるな

男子は、女子に、トイレの位置をたずねることを禁物とする。
その女子がホテル従業員である場合を含む。

【説明】

これは、不浄の場所を尊敬すべき女性にたずねるのが失礼というのでなく、性的な意味を持つと、かれらが考えているからである。

【型4】落とすと詰まる
  1. 男子小便器に、けっして、タバコ、マッチなどを落とされるな。
  2. 他人の落としてある物を手でつまむにあたらないが、自分で、うっかり、落としてしまったときは、かならず、手でつまみ出し、くず入れに入れる。
    くず入れがないときは、大便所のトイレット・ペーパーをとって来て、くるんで、小便器のそばの床上に置かれよ。
  3. あと、よく手を洗っておかれよ。
【説明】

こうしないと、小便器が、すぐ、詰まる。

【型5】ノックせよ

便室ドアがあらかじめ、あけてないかぎり、便室ドアをあける前に、かならず、ノックされよ。

【説明】
  1. これは、日本と共産圏で、とくに、必要となる。
  2. しかし、日本の場合は、当今、だれでも、ノックするようになっている。
  3. また、アメリカでも、誰もがノックするから、こちらも、なんとなく、そうなる。
  4. ところが、ヨーロッパにいて、自由圏にいると、けっこう、ノックしないで、便室ドアをあける者が多い。
    つまり、ここでは、中からロックするほうに、責任が置かれている。
  5. で、こちらも、つい、そういう習慣に慣れてしまっていると、共産圏に入ったとき、しくじる。
    先年、わたくしは、東欧のある国のホテルで便所に行った。
    男女とも、同じ便所であって、しかも、すべての便室の中からロックできないようになっている。
    ロックの鍵が盗まれ、あと、それを補充するのに、申請して半年、待たされるという。
    が、それほど、すべての便室から盗めるものであろうか。なにかあったなと思った。
    こういうことを、いくつか見て、考え込んだのであるが、ともかくも、便所には、ロックがないということを覚えておいて、翌朝、また、便所に行った。
    「ロックがないから、外から、扉を、ひっぱればよかったのだな」と、簡単に考えた。
    ノブをひねって、ひっぱったが、あかない。
    「ノブをひねったのに、どうして、あかないのであろう。共産圏の建物の建てつけは、どこも、これだから、困る」と思って、こんどは、力を入れて、エイッと、ひっぱった。
    と、扉は、パッと、あいた。
    が、中側から、ノブを両手で握ったままの必死の女性が扉にくっついて、飛び出した。
    パンツを降ろしたまま、中腰である。
    気の毒であったが、このとき、さざえのフタをこじあけて、ひっぱると、中味が全部、ついて出て来るのを思い出した。
    女性は、「ヒョー」と、不思議な叫び声をあげて、急いで、また、扉を閉めた。
    わたくしは思った。「ああ、世界中、どこへ行っても、便所では、まず、ノックすることを、改めて、鉄則としよう」
    が、また、どうにも、考え込んでしまった。
【型6】中からロックせよ

便室にはいったならば、たとえ、小便のためであっても、かならず、中から、ロックされよ。

【説明】
  1. 便室に入って、中から旋錠しておかず、うっかり、あとの者が、ノックせず、あけたとき、失礼なのは、旋錠しなかった中の者であると考える習慣である。
  2. 日本人は航空機の便室を使うとき、中から旋錠しないため、まず、ここで、嫌われる。
  3. 関連する話をしよう。パリあたりの街を歩いていて、小便か、大便をしたくなったとき、バール(Bar……レモネードなども飲める。立ったまま)に飛び込んでもよいし、ブーティック(Boutigue)あたりに飛び込んでもよい。
    こちらのフランス語がだめでも、手を洗うゼスチュアをすれば、先方は、奥の方を指さしてくれる。で、その奥に行くと、ぶっきらぼうに、狭い階段が、急に、下に降りていたりする。で、その階段をよろよろと降り切ると、その先に、また、狭い廊下があって、せいぜい10 wat ぐらいの電灯が、天井にポチリと点いている。
    すこし、こわい。
    で、その廊下のむこうに、どうやら、便所らしいドアがある。
    で、そこに行って、ドアを開けてみると、中は、まっくら。
    これはいかんと、電灯をつけるスイッチを探すが、外側にも中側にもない。
    こういうとき、馴れない日本人は、また、もじもじと、ひき返してきて、その店を飛び出してしまう。が、少し、馴れてくると、ゆうゆうと、やってのけるようになる。
    どうするかというと、まず、便所のドアの中側のロックの構造をたしかめる。
    で、ドアの中に入って、パタンと閉めてから、そのロックを、グッと押して待つと、まっくらな中に、パッと電灯がともる。
    これも10 wat ぐらい。
    ロックと電灯のスイッチが兼用になっているというわけである。
    つまり、こういう仕掛は、「便所に入ったならば、かならず、中からロックするもの」という約束ができてなければ、つくれない。
    用便が済んだならば、ロックをはずすが、そのとき、一時、また、まっくらになる。
    で、ドアを開けると、外側の暗い光が差し込んでくる。
    なにか、旅のアワレを感じる。
    で、また、階段をのぼって、店に出てくる。
    そこで、かんたんな飲みものを注文するとか、ちょっとした買物をするとかが礼儀であるが、なんにも欲しくないとき、いくばくのチップ(50サンチームぐらい)を置いて、外に出ればよい。
    スマイルを忘れないこと。
【型7】座便器の使い方

男子小便……上蓋のほか、かならず、座枠もあげられよ。
男子大便、および女子使用……上蓋はあげるが、座枠は、おろしたまま。
蓋の蝶番をうしろにして、腰かけるが、座枠は、みんなで共用するものであるから、座枠のうえにロール紙を、コの字型に敷き、そのうえに尻を載せられよ。
用便後、座枠の上のロール紙を、壺の中に、落として、汚物といっしょに流されよ。

図:使い方
【型8】流れないとき

大便がよく流れないとき、便器のそばに、ブラシの備付があれば、それにより、それがなければ、トイレット・ペーパーを、おおめに、とって、束にして、こすり流されよ。

【説明】
  1. ヨーロッパで、とくに、この注意が要る。
    水洗便所で、たしかに、水は流れ出るが、ウンコの流れ終わらないうちに、水がとまってしまうことが、結構、多い。
    わたくしは、はじめ、自分のウンコ量が人類の標準ウンコ量より多いのかと疑った。
    で、あるとき、駐欧日本大使館の方に、そっと、きいてみた。
    で、わたくしのウンコ量のほうが標準どおりであり、ヨーロッパ便所の水のほうがケチなのであることを知った。
    つまり、ヨーロッパは、元来、水不足の社会であるということ。
    水質が悪いから、ナマ水でなく、ワインを飲むというほかに、水量不足で、ウンコも、よく流れない。このようなところに、よく、あれだけの文明文化を築き上げたものである。
  2. で、日本の水洗便所の水の豊富さに慣れているわれわれとして、まさか、自分のウンコを、自分の手の操作で、流し落とすことは、夢にも思えない。
    で、よく流れていないままに放置する。で、野蛮人と言われる。
【型9】詰まらせたとき

便器を詰まらせたときは、かならず、申し出られよ。その相手を同性の係員とされよ。
I am sorry. I mistook in that toilet.

【説明】
  1. 水を流しているとき、胸からボールペンが抜けて、便器の中に落ち、あっという間に、便器が詰まってしまうといったことは、よく、あることである。
    また、便所によっては、座枠に敷くための専用の紙を用意してあることがある。
    この紙は、トイレット・ペーパーより、少し、厚く、少し、固い。用便後、この紙を、便器の中に落とし、水で流そうとすれば、たちまち、便器がつまる。
    汚物といっしょに水がブウーッとふくれ上がって来て、アレヨアレヨ。
  2. 便所を詰まらせると、いかに、黙っていても、誰が詰まらせたかわかるものである。
    また、便所を詰まらせたぐらいで、弁償させられることは、まず、ない。
    ただ、自分のウンコを、修理人に見られるのだけがテレ臭い。
    ここを、観念されること。
    で、かならず、ただちに、申告されること。
  3. 申告の相手は、欧米での場合、かならず、同性の者であること。
    ことに、男性が女性に申告すると、プンプン、憤慨される。
    その憤慨の程度は、驚くほどで、1度、やって見られるとわかる。
  4. この専用紙は、以前、日本のホテルでも用いていたのであるが、客が便所を詰まらせて困るので、いまでは、どこでも置いていない。
    アメリカのホテルでも、だいたい、やめている。
    が、ヨーロッパのホテルでは、まだ、やっているところがあるし、レストランとか、私宅では、まだ、やっているところが、結構ある。
    それはよいが、日航とかアメリカの航空会社の航空機では、この専用紙を置いてないものの、欧州機になると、まだ、置いているところが多い。
    で、日本人の団体客が、欧州機の便所を、よく、詰まらせる。
    ひどい人は、尻をふくとき、この専用紙をとっては、ちぎって拭く。
    で、詰まらせる。
    日本人団体客がチャーターした欧州機で、さっそうと、日本を発ち、だいたい10時間ぐらいすると、どの便所も、バタバタと使用禁止になる。
    スチュワーデスは馴れていて、知らん顔。客は、モジモジ。
    で、日本を出て、8時間あたりで、便意があっても、なくても、いっぺん、大小便にいっておくのが旅馴れている人物のすること。
  5. この尻敷き専用紙を備えつけているところでは、原則として、あと、この紙を捨てる箱を別に置いてあるものである。
    そこで、この専用紙を使って、しゃがんだときは、排便の主たる部分を済ませたあたりで、まわりを眺めわたす。「あるな、ここに」
    1度、わたくしは、フランスで、この専用紙のある便所に入り、眺め渡したところ、箱が置いてなかった。
    このときは、しかたないので、たたんで、ポケットに入れて来た。
    そのあと、また、フランスで、同じ目にあった。
    見ると、前の人が、なん人か、同じく、ハテナと思ったのであろう。
    便所のすみに、たたんで、何枚か、置いてある。
    「ハハア、こうするものなのか」とわかった。
    で、箱がないときも、あわてず、たたんで置いて来られることである。
    とにかく、トイレット・ペーパー以外の紙を、水で流されるな。
【型10】キリのこと

大便器、小便器にかかわらず、小便のしずくを、便器のふちや外に、ちらしたとき、トイレット・ペーパーで、よく、こすっておかれよ。

【説明】
  1. こういうサービスは、あらかじめ、不潔な場所では、不要である。
    世界には、それが、欧米であろうと、日本で、到底、考えられないような不潔な場所もある。
    1つの不潔の極致ということに凝っているようなもので、それなりの公共的な趣味なのであるから、そういうところでは、こちらも、よごしに貢献することである。
  2. しかし、きれいなところでは、こちらもみずからの手を用いて、きれいにしなければならない。
    日本人は、自分の小便の霧のあと始末をすることを知らないので、嫌われる。
  3. 小便器のフチをこするトイレット・ペーパーは、大便所まで、とりに行かねばならない。
【型11】上蓋まで閉めよ。
  1. 便器は、大小便とも、用便後、上蓋までを、閉めておくのが約束となっている。
  2. たとえ、入ったとき、この蓋が閉めてなかったときも、平気で、閉めておかれよ。
    図:上蓋
【通解】ウンコをもうひとつ、汚ながらない。
  1. 欧米と申したが、ここでは、長幼の歴史について眺めるため、ヨーロッパを欧米の代表としておく。
    ヨーロッパ人は、もともと、遊牧民であった。
    それが、農業を営むようになると、牛糞、馬糞、羊糞を、畑に入れて、主たるこやしとしてきた。
    それから、人糞も、ことごとく、畑に入れてきた。
    人糞には、蛔虫、条虫の卵の入っているのが多い。
    で、ヨーロッパでも、人糞を、こえだめに寝かせ、それらの卵を死なせたのち、畑に撒いてきた。
    これらは、1800年代まで、そうであった。
    それまでのヨーロッパ文学などを読むと、よく、アホウが、こえだめに落ちて、泳ぐほど、ガボガボ呑んだ話など出てくる。
    こういったことを知らない多くの日本人は、人糞を畑に撒くことを、日本だけの持った蛮風であったと思い込んでいるフシがある。
  2. さて、こやしになる前のナマのウンコについての不浄感は、東洋人のほうが強い。
    たとえば、日本人が、大便所から、灰皿を出して来て、よく洗えば、それに、漬物を入れて、食卓に出すかといえば、そうはしない。
    ところが、先年、わたくしは、ヨーロッパのある田舎街で、食卓の上に、便器が置かれ、それに、料理が盛り込んであるのを見た。
    目を疑ったが、まぎれもない便器であった。
    もとより、すごく、よく洗い、磨いてはあったが、おかしいと思って、その国にある日本大使館に行ったとき、そこにいた友人に聞いてみた。
    と、「ああ、欧州では、平気で、そういうことをするよ」という答であった。
  3. つまり、である。かれらも、ウンコを、汚ない、くさいものと思ってはいる。
    が、それは、われわれが、壁土について感じている程度の、汚なさでしかない。
    さらに申せば、もともと、遊牧民であっただけに、肉的なものについて、日本人などよりは、見さかいがない。
  4. このような、ウンコに対する不浄感の少なさは、用便後の手洗所を、顔を洗い歯を磨く洗面所に合体させても、抵抗を感じないというところにも見受けられる。
  5. それだけでない。洗面所そのものを便所と同居させることに、抵抗を感じてない。
  6. この便所と洗面所の同居の習慣は、都市が、1階を店舗にし、2〜4階をアパートにしたビルの集積となった1800年代後半において、そのインテリアの空間節約の必要から、いっそう、拍車をかけられたと見たい。
  7. そうして、便所と洗面所を、あまりにも同居させるために、便所・洗面所の清潔保持に、異常な熱心さを示すようになったと見たい。
    図:便所と洗面所
【通解】欧米での便室の用途
  1. 便室は、本来、大小便をするところである。
  2. ところが、欧米では、つぎのような便室の副次的な用途を発生している。
    1. ズボン、スカート、靴、靴下の穿きかえ  
    2. ポケットの中の金品の入れ替え
  3. こういったことは、本来、自分の居室で行なうべきものである。
    が、居室に行けないとき、または、外出先で、居室のないとき、居室のかわりに、便室で、それらを行なう。
  4. 航空機や列車の中の便室が、まさに、その多目的利用の典型である。
  5. それだけでない。居室または、便室で行なうべき前 2.a. b. を、人前で行なうと、すこぶる不作法者として、嫌われる。
  6. たとえば、日本人は、航空機の自席で、ゴトゴトと、靴をスリッパに履きかえる。
    欧米人は、日本人から見れば、大袈裟にも、スリッパを手に持ち、便所に行き、そこから、靴を手に持ち、スリッパを穿いて出てくる。
  7. ズボンについても、同じである。
【通解】洗面所の性別主義
  1. 欧米での便所と洗面所の同居は、しかし、洗面所における性別につき、すこぶる、神経質である。
    欧米人は、ウンコを、あまり、汚ないと思わないにかかわらず、夫でない男性に、女性が、裸体を見せることについて、すこぶる、恥ずかしいと思う。
    では、ビキニ・スタイルを、どう見るかということになるが、これらは、いままでの自分たちの習慣を、ひっくりかえすための精一杯の努力であると見たい。
  2. 欧米で、便所は、東洋と同じく、元来、無性別であり、洗面所は、欧米の場合のみ、きっぱり、性別されている。
    そこで、欧米には、下図のような TOILET が多い。
    図:洗面所
  3. 便所が性別されているとすれば、それは、性別されている洗面所ごとに便所を付帯させたという特別親切な設計なのであり、その場合、男子用では、大便器の設置数を節約して、それだけ、小便器を並べているというケチを行ない得てあるということ。
    小便器とは、ケチの産である。
  4. では、欧米で、なぜ、洗面所を、きっぱり性別するのか。日本人は、洗面所を、手水鉢(ちょぅずばち)の豪華版ぐらいに考えているから、ピンとこない。
    が、ここは、日本人のようには風呂に恵まれていない欧米人にとって、裸体になって、身体を拭く場所である。
    それを、用便後の手洗いにも兼用しているだけである。
  5. で、たとえば、旅行者が、どこかのホテルで、食事だけするというとき、タオルを持って、洗面所に行き、パンツ1枚となり、身体を拭いていても、いっこうに、不作法とされない。
  6. そこまでしなくとも、上半身全裸となり、頭髪を石けんだらけにして、ごしごし洗っている姿は、欧米ホテル洗面所で、よく見かけることである。
    それが、男子だけでなく、女子も、女子洗面所で同じように、やっている。
    なにかのとき、わたくしは、2〜3回、それを見てしまった。
【通解】欧米での洗面所の用途
  1. 欧米での洗面所の用途は、つぎのように、巾がある。
    1. 朝夕の顔あらい。歯磨。  
    2. 用便後の手洗い。  
    3. 外出から帰って、または、新しい建物に到着しての手洗い。  
    4. 服装・化粧なおし。
    5. 上半身をタオルで、水拭きする。
    6. ハンカチーフ、靴下など、かんたんなものを洗濯する。
【型12】脱いだ着物のしまつ方法
  1. 便所とつながっている洗面所で、パンツ1枚となったとき、脱いだ着物をどうするか。
  2. もし、ハンガーがあれば、それに、靴下までひっかけてしまえばよい。
    このとき、ハンガー2つまでは、1人で、占領してよい。(ただし、混んでないときのこと)
  3. が、ハンガーのないとき、どうするか。
    このときは、自分の使う洗面台の上に、たたんだ衣類を置くスペースがあるかぎり、そこに、置けばよい。
  4. そのためには、まず、1辺40 cm ぐらいの四角なかたまりになるよう、衣類を、きちんとたたみ、きちんと重ねる能力が必要である。
  5. で、自分の使う洗面台の上に、そのスペースを得ないとき、どうするか。
    このとき、便室の中に、ちょっとだけ、置かしてもらうのは、いけない。
    タオル落としの籠の上に、ちょっとだけ置かしてもらうのも、いけない。
    どこか、高いところに、ちょっとだけ、置かしてもらうのも、いけない。
  6. では、どこに置くのか。自分の洗面台の下あたりの土足で踏む床(ゆか)の上に置くのである。
    これを、汚ないと思わず、作法に適っている、と思うこと。
【説明】
  1. まず、明治時代までの日本人は、多く、和服を着ていた。
    和服は、たたみやすいし、たたむことが、国民の常識であった。
  2. 中間期をさておき、第2次大戦後、日本人は、洋服をきちんと四角にたたんで重ねるなどということは、軍隊帰りの人物だけのすることと思うようになっている。
    で、西洋では、すべて、ハンガーに掛けるのであろうと思い、日本にいて、ハンガーのない場合、まるめて置く習慣を生じている。
  3. このことは、銭湯や温泉旅館の脱衣室の籠の中を見ても、明白である。
  4. ところが、欧米では、昔から、いままで、男女とも、ハンガーのないとき、脱いだ衣類を、きちんと四角にたたみ、四角に重ねることが、常識となっており、それをせぬ人物を、よほどの無能力者と見なすのである。
    このことを、まず、われわれは、知っていなければならない。
  5. つぎに、そうした、たたんだ衣類を、どこに置くかということであるが、公然と、そのための棚などのないとき、日本人のよくやる「ちょっとだけ」の仮置場を、欧米人は、すこぶる、不愉快な行為と見なす。
  6. で、置き場のないとき、急転直下、土足で踏む、土の上、または、床(ゆか)の上に置くということになる。
    この土の上、床の上を、欧米人は、すこしも、汚ないと思わないらしいということ。
    そうして、洗面所の床の上も、便室の中の床の上も、汚ないと思わないということ。
    (便器に料理を入れる人種である)
  7. 欧米人が、さっさと、着物を脱ぎ、さっさと、たたんで、重ね、さっさと、地面の上や、床の上に置いて、ケロリとしているサマは、かれらと海水浴、湖水浴、プール泳ぎに行ったとき、いちばん、よく、わかる。
  8. で、日本人が欧米旅行するに先立って、脱衣を、几帳面にたたんで、重ねることにおっくうさを感じなくなること、それを、すくなくとも、床の上に置くことに、不潔さや恥ずかしめを感じなくなること。
    この2点について、訓練しておく必要がある。
【型13】洗面所でも中からロックを

ホテル客室に付いている洗面所におられるとき、そこに、他の人が、いきなり入って来るのがこまるという状態になられるときは、必ず、中から、ロックされよ。

【説明】

万一、裸体を見られたとき、裸体を見た側よりも、見せた側が、失礼なことをしたとされる。
ここのところは、日本人が、いつも、しくじるところである。

【型14】同性の前でも、パンツだけは脱ぐな
  1. 欧米で、性交するのでもないのに、人前で、パンツを脱げるのは、ヌーディスト・クラブの中だけ。そのほかに、「絶対に」ない。
    バリッとしたホテルに泊まっているあいだ、こういう問題は、まったく、おこらない。
    それが、ユース・ホステルとか、オート・キャンプ場とか、体育施設の洗面所などに行ったとき、「はてな」ということになる。
    そういったところの洗面所は大きい。
    また、すべて、同性しかいない。
    ちょっと、日本の風呂屋の風情でもある。水や湯を出して、身体を拭くとき、誰もいないと、日本人は、よいしょとばかり、パンツも脱いでしまう。
    で、拭いているところに、誰か同性の者が入ってくる。
    これで、全裸であった者がものすごく、失礼を犯していることになる。
    あとから入って来た者も、パンツ1枚でやって来ているのであるから、大差ないように見えて、そうでない。
  2. で、股間を拭くときは、シャワー室に入って、カーテンを閉めるか、それとも、洗面所で、確実に大丈夫、誰も来ないと見とどけたのち、パンツを、半分だけ降ろして、はや業をやるか、でなければ、しぼりタオルを持って、大便所に入って拭くか、しなければならない。
  3. ただ、近来、見ていると、同性に対し、裸体の尻を見せることを、いくばく、大目に見あう習慣を生じてきている。
    というのは、パリのユース・ホステルあたりでは、ホステラーが、洗面所で、他のホステラーに尻を向け、パンツを半分だけ降ろして、股間を拭いていることがある。
    では、尻の穴の付近を拭くとき、どうしているかと観察していると、パンツをあげ、他の人のほうに、からだを向け、パンツのうしろと尻との間に、タオルを入れて、こすっている。
    街に出て見れば、全裸像の彫刻が、陰物を刻明に造りなして、大開陳してあるのに、こういう点で、欧米というところは、まことに変なところである。
    よほど、過去に、たがいに、ナマのものを開陳しすぎて、按配のわるいことを起こしたのであるまいか。
  4. 同じく、洗面所付設のシャワー・ルームであって、それに、カーテンのついてないことがある。
    それが、海水浴場のものであれば、まだわかるが、寮やユース・ホステルで、そういうところがあるから、困る。
    で、どうするのかと言うと、ごていねいに、せっかく、かわいたパンツを穿いているのに、そのパンツを穿いたまま、シャワーを浴びるのである。
    で、物影とか、大便所に入り込んで、かわいたパンツと穿きかえるのである。
    そこで、シャワーを浴びるためには、かならず、自室を出るとき、スペア・パンツを持って出なければならない。
    とにかく、こういう面では、融通が効かないというか、不親切というか、変てこな連中である。
    しかし、かれらは馴れているのであろう、それらを、さっさと、やって、のける。なるほどとも思わせられる。
【参考】同性の前でもパンツを脱がない欧米人
  1. わたくしは、日本でアメリカ人航空技師を、日本の温泉地のローマ風呂に連れていった。
    脱衣室で、2人とも、裸体になった。
    わたくしが、パンツも脱いで、タオルを、ぶら下げているのに、かれは、ぐずぐずしている。
    わたくしは、「それも脱ぐんだ。Also take it off!」と言った。
    で、かれは、むこうを向いて、パンツを膝までおろした。
    丁度、そのとき、浴室係のオバチャンが手拭をアネさんかぶりにして、無神経にヒョイと入って来た。
    途端に、かれは、パンツを、さっと、元のとおり、穿いた。
    オバチャンは、灰皿を点検しながら、素通りして行ってしまった。
    わたくしは言った。
    「早く脱げよ。Take it off, hurry!」
    で、かれは、また、パンツをおろしにかかった。
    ちょうど、そのとき、またも、偶然と申すか、若い女性客が、間違って、サッと入って来た。
    で、かれは、パッとパンツを、元のとおり。
    「あら、違ったわ」そう言って、女子客は出ていった。
    かれは、わたくしのほうに向きなおった。
    「脱ぎたくない。Never, hope to take it off!」
    で、わたくしは言った。「O.K.」
    2人は浴室に入った。
    わたくしは、前を流して、浴槽に入った。
    かれは、パンツのまま、どこも流さず、浴槽に入ってきた。
    中にいた日本人の1人が、こう言った。
    「サルマタもいっしょのご洗濯かい。困るねえ」
    わたくしと、かれは、浴室の鏡の前で、腰かけを使って、洗い出した。
    背中をこすってやると、かれは、しこたま感激した。
    で、わたくしの背中も、こすってくれた。
    たがいに、浩然の気を養いながら、のびのびとした。
    わたくしが、自分の頭を石けんだらけにしているとき、うしろで、「バシャン」と、大きな水音がした。かれが、プールのつもりで、大きな図体のまま、浴槽にダイビングした。
    浴槽の中に首までつかって歌を歌っていた日本人の1名が、アメリカ人の造った波を、がぶりと呑み込んだ。
    「ペッペッ。野蛮人! コホッコホッ。バーバリアン」
    この「バーバリアン」が、かれの耳に入った。
    かれは、どうしたものかと、湯の中で小さくなっていた。
  2. つまり、日本のローマ風呂は、性別されたヌーディスト・クラブであり、そうして、プールでないということ。
【型15】ハンカチーフをどこに持つか
  1. 洗面台を使うとき、そのあたりに、備付けのタオルや紙があれば、問題ない。

  2. それらのないところで、便室から、トイレット・ペーパーをちぎって来て、手を拭くのは、不作法とされている。

  3. で、自分のハンカチーフを出して、使うのであるが、手を洗う前に出しておかないと、ポケットの口をぬらしてしまう。
  4. で、手を洗う前に、ハンカチーフを出したとき、洗面台の、ぬれない部分が清潔であれば、そこに、ハンカチーフを置いても、いっこうに失礼でない。
  5. で、もし、洗面台のどこにも置けないくらい、洗面台がよごれているとき、ハンカチーフを、どこに持つかというと、自分の脇の下に挾むのが、正式とされている。
    ふつう、左の脇の下に挾まれればよい。
    この脇の下にハンカチーフを挾んだまま、顔を洗ったり、洗面台を掃除したりする動作は、ふだんから、練習していないと、すぐに、ハンカチーフを落としてしまう。
【型16】洗面台をみがけ

洗面台が、あらかじめ、不潔であるときを除き、洗面台は、使ったあと自分の顔と同じに、みがきあげられよ。
これを、手早く、行ない得るよう、練習されよ。

【説明】

これは、客たる者の為すべき義務である。日本では知られていない。

【型17】無言

洗面所・便所では、けっして、ものを言われるな。

【説明】
  1. 洗面所・便所に入ったならば、1つの儀式をやっていると思われよ。
  2. 沈黙するだけでなく互いに、会釈もされないこと。
       
    1. 日本人は、便器の前で行列をつくって順番を待っているあいだ、なにか、言っている。  
    2. 日本男子は、しばしば、小便器の前に立ちながら、隣り同士「やあ、どうも」とあいさつしている。  
    3. 日本人は、ときどき、便室に腰かけながら、隣りの便室の人物と、大声で話している。「やあ、つかれましたなあ」 「まったく、どうも」 「あの店、高いやな」 「まったくだ。ぼられた。ウーン」  
    4. 日本人は、手を洗うとき、知った人と隣り同士になれば、なにか、ひとこと、言わなければ失礼と思っている。
      こういったことを、完全に、やめなければならない。

  3. しかし、こちらが、沈黙していても、相手が話しかけて来たならば、どうされるか。
    そのときは、沈黙のまま、「会釈」だけ、返しておられればよい。
  4. が、質問を受けることがある。
    「明日の朝の出発は、何時でしたっけね」
    こういうときは、ハンカチーフを口にくわえ、ニコニコして、首をタテに振られるとよい。
    相手は、しょうがないと、あきらめてくれる。
【型18】服装点検

用便し、手を洗い、洗面所から、外に出る前に、かならず、みずからの頭髪・服装を点検し、修正されよ。

【型19】服装点検所でもある

男女とも、頭髪、服装を点検するだけのために、洗面所に入るという習慣を持たれよ。

【説明】

洗面所というものは、顔や手を洗うためだけにあるものでない。
そこには、looking(具合のわるいところを深し出す) glass がある。
これを見て、1日に何回となく、自分の姿をなおされよ。

【型20】ハンカチーフをしまってから

洗面所から外に出られるとき、けっして、手を拭きながら出て来られてはならない。
中で、完全に拭き終わり、ハンカチーフをしまってから、出て来られよ。

【説明】

日本人は、手を拭きながら出て来るし、ひどい場合、ズボンのボタンをはめながら出て来たりして、嫌われる。
これらは、靴をつっかけながら出て来るのと同じと思われることである。

【型21】及び腰で歩くな

洗面所から出て、“及び腰”で歩かれないよう注意されよ。

【説明】
  1. 日本および欧米のホテルの手洗所のそとで見ていると、誰も、出て来るや、キチンと、あとを閉め、ゆうゆうと歩いて行くのに、日本人のみは、バアッとあけ、キチンと閉めず、“及び腰”でのめり出すように歩いて行く。
    で、卑しまれる。
  2. ここで、言及しておきたいことがある。
    洗面所に入るときは、いつも、それが、儀式であると思われると、ちょうど、よい。
    また、洗面所から出るときも、それが、儀式であると思われることである。
    バシッとした姿勢で入って行くし、出て行くのである。
    出入口付近で、人とすれ違っても、あいさつしないのである。
    いわんや、首をキョロキョロ、まわさないのである。

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