第17節 ハンカチーフ
【型1】ハンカチーフを2枚以上持て
- 男女とも、常時、実用するハンカチーフを、2枚以上、携帯されよ。
そのうちの上用は、首から上をさわり、また、汗をぬぐうのに用い、下用は、机上などを拭き、ときには、鼻をかむのに用いられよ。
- ハンカチのそれぞれの色をかえておかないと、自分で識別がつかなくなる。
上用を、なるべく、白色、または、うすい色のものとすると、第三者から見て、気持ちがよい。
【参考】
- 古フランス語に Couvrechief というのがある。
Couvre は英語の cover。
chief は英語の head。
頭にかぶるものということ。
これが、古い英語に入ってきては、Coverchef となまり、さらに、Curchef と変形し、さらに、Kerchief と整形された。
英語も、国際審議会で、なおしていっている。
- Kerchief は、婦人が、頭にかぶる布である。
これは、1辺1m以上あった。日本の東北の「かくまき」にあたる。
- ここまでが、1500年代の中ごろまでに経過した。
- 1550年ごろから、婦人が、頭にかぶる Kerchief より、やや小型の布を持って歩くことが、全ヨーロッパに流行し、これは、1辺 50cm〜1m。
バスケットに入れていることもあれば、ただ、アクセントとして、手に持っていることもあった。
まだ、当時、婦人はハンド・バッグなど持っていない。
ちょっと、泣くときは、これで、目をおさえる。
わらいがとまらないときと、はずかしいときは、これで、顔の下半分をおおう。
ダメダメというときは、これを、左右に振る。
怒ったときは、これを床に投げつけて、踏む。
さよなら、バイバイというときは、これを振る。
あまりに、うれしいときは、この布の一端を持って、腕をほぼ水平に出し、身体を、グルグルまわす。
ダンスを踊るときも持っている。ついでに振る。
その形は、こん日のフォーク・ダンスにも残っている。
さしあたり、男ならば、棒切れか刀かを振りまわすところを、女子は、こういう布を振りまわしていた。
いまでも、欧米の女子は、わけもなしに、布をいじったり、ふりまわしたりして、対人動作する。
ときには、こぼしたものを、これで、拭く。
熱いナベを持つとき、これで、持つ。
「このキウリ、あげるわ」といわれると、「あら、うれしいわ」と、この布に、包んで、下げて帰る。
つまり、フロシキにもなる。
- こういう布を hand‐kerchief と呼んだ。
「手に持つ頭かぶり」という変な名前であるが、そう呼んだ。
つまり、麻、木綿の生産が、ヨーロッパでも増加して、都市市民に供給できるようになってきたということ。
同時に、この hand‐kerchief には、「ししゅう」や「レース」も行われ、その技能が、花嫁修業課題の1つになったりしていった。
- この布は、のちに、イギリスで1辺 69cm に統一された。
また、この布を、もう少しゴツゴツした布でつくったものが、現代のナプキンである。
で、ナプキンも、1辺 69cm。
- わたくしは、先年、イギリスで、汗をかいた。
あいにく、手拭を持っていなかった。で、洋品店に入った。
「Towel please!」というと、バス・タオルを持って来た。
「Oh no! please more small one」 というと、そこのオカミチャンが 「Hand-karchief?」 ときいた。
「Oh, yes. Hand‐kerchief」と答えると、ナプキンを持って来た。
とにかく、融通の効かないのが、かれらの文化の味である。かなわない。
わたくしは、そのナプキンを買って、そこで、汗をふいた。
大きくて、ポケットに入らない。で、カバンに入れた。
- で、1600年ごろに戻る。
この Hand‐kerchief を、首に巻くときのための専用の布が生産された。
これは、もはや、着物の一部分であるから、さまざまの派手な模様や、渋好みの模様かついた。
布の大きさは、だいたい、hand‐kerchief と同じ。
これを、neck‐hand‐kerchief と呼んだ。
「首巻き用、手持ち、頭かぶり」。長い。
が、それから 200〜300年のうちに、これは、neck−kerchief、さらにつまって、
neckerchief と呼び改められるようになった。
これは、このまま、こん日に至っている。
- それから、この neck‐hand kerchief の発生と相前後して、pocket‐hand‐kerchief が作られた。
これは、1辺 50cmよりも小さいもので、女子は、ふつうの hand kerchief と別に、これを、ポケットに入れていた。
これは、汚し用専用であった。
それまで、ヨーロッパ人は、女子も、手鼻をかんでいた。
- こん日ですら、ハバカリ紙に、あれだけ、わるいものを使っているヨーロッパである。
鼻をかむとき、紙などは、もったいなくて、使えなかった。
ヨーロッパに perchment (羊皮紙) があるのは、ぜい沢の結果、そうなったのでない。
古代エジプトでパピルスという Paper のもとが開発されていながら、ヨーロッパには、そのような、やわらかい草のセンイがなかったし、まさか、麦のセンイで紙をつくるわけにも行かなかった。
しかし、文字は書きたい。
で、とうとう、羊の皮で、紙の代用としたものが、Parchment (Pergament) である。
こういうヨーロッパであったから、鼻をかむには、手鼻でよかった。
- この手鼻の習慣は、まだ、現在でも、ヨーロッパに根強く残っている。
先年、わたくしは、ヨーロッパのある田舎の小学校を参観した。
男の先生が、子供に作法を教えており、その教え方の進んでいるのに、感心した。
で、休み時間になった。
その先生と、わたくしは、教員室に引きあげて行った。
途中の日のあたるところを歩いているとき、その先生が、突然、手鼻をかんだ。
指にぶらさがったハナは、手を振って、落とした。
あと、その指を、どうするかと見ていたが、そのまま、かわかした。
わたくしは、ハッとして、東西作法のちがいを感じた。
教員室で、わたくしと別れるとき、その先生は、その、かわいた手で、わたくしと、握手した。
つまり、わたくしは、その先生のハナを、少し、いただいて来たことになる。
なるほど、ヨーロッパ生活では、つねに、石けんで、手を洗っていなければならんわいと思った。
そのあと、汽車で、コトコト走りながら考えた。
「いったい、作法とは、なにか」 「人間は、いったい、なにをしているのか」、と。
- Pocket‐hand kerchief に戻る。
1600年ごろから、女子のポケットに入った、この小布は、まもなく、男子も持つようになった。
で、ともかくも、その当時から、手鼻をかむことをやめようということになった。
(それから 400年近く経つが、まだ、完全には改まっていないようである。
とにかく、科学的進歩の速さに比して、生活上の風習をかえることの遅い連中である)
- つぎに、1800年代。
それも、後半になって、パリからはじまり、女子がハンド・バッグを持つようになると、この pocket-hand kerchief は、ハンド・バッグの中に入れられるようになり、女子用のこの小布は、男子用よりも小さくなった。
男子用は、現在1辺 48cm。(日本製は、42cm。ケチ)
- さて、わたくしが、イギリスの洋品店で、ナプキンを買ったところに戻る。
その洋品店を出ようとすると、まさに、ハンカチが、いっぱい、ならべてあるではないか。
わたくしは、オバチャンのところに引きかえした。
「There are many hand kerchiefs!」
すると、オバチャンが泰然と答えた。
「Yes! There are many pocket‐hand kerchiefs. Do you want them also?」
ヤレヤレ。なるほど、ハンカチーフとポケット・ハンカチーフは違うのかい。
で、その pocket-hand kerchief も買うことになった。
- しかし、つぎの機会に、わたくしは、西ドイツのデパートで、また、ハンカチ売場に行った。
「Bitte, einem Hand kerchief!」 英独語をチャンポンに使ったが、通じた。
このときは、すぐ、1辺 48cmの布が手渡された。
あるいは、先方の察しがよかったのかも知れない。
が、どうも、イギリスを含めて、hand kerchief といえば、日本のと同じ、小さいのが渡されるのが一般化しているようにも思う。
で、もし、ナプキンの大きさのを出されたとき、はじめて、pocket-hand kerchief と言いなおせばよいように思う。
- これを要するに、日本の手拭い、布巾にあたるところが、かれらの大きいほうの hand‐kerchief である。
日本には、手拭い、布巾といったものがあるから、かれらの大きいほうの hand kerchief は普及しない。それでよい。
ただ、日本の主婦で欧米生活の長かった連中を見ると、日本に帰ったのちも、一様に、この大きいほうの hand kerchief を振りまわしている。
きいてみると、このほうが、便利だという。
「こういう hand kerchief は、お皿を拭くために、あるものよ」とのたまう。
- インドネシアの、バリ島で、道路ぎわの草の上に、洗たく物をならべてあるのを見た。
こうすると、はやく、かわくそうである。
その中に、この大きいほうの hand‐kerchief が、何枚もあった。
わたくしは、「ここも、オランダ治下にあった時代が長かったからな」と思って見ていた。
- さいごに、小さいほうの hand kerchief であるが、これを、日本語で、なんというのかという問題を生じたことがある。
それは、あるデパートで、商品管理のため、コンピュータに商品名をおぼえさせる必要を生じた。
「ハンカチーフ」 か、「ハンケチ」 か、「ハンカチ」 かということになった。
けっきょく、3つとも覚えさせたのであるが、こういう面にも、日本の国語審議会には、がんばって、いただきたい。
「あら、ハンカチ忘れたの? ハンケチ売場にいって、ハンカチーフ頂だいなって、言ってらっしゃい」 こんな日本語は、よくない。
【型2】ハンカチーフを手に持つことなど
- 立って話をするとき、座って話をするとき、また、立ったり、座ったりしていて、人の話を聴くとき、その他、書き物をしているとき、ハンカチーフを手に持ったり、机上に置いていたりすることは、作法的であって、少しも、不作法でない。
- 食卓の上に、ハンカチーフを置くことは、不作法とされる。
【型3】顔ふき
ハンカチーフで顔を拭くとき、ハンカチーフを4つ折り、または8つ折りにして、用いられよ。
顔をこすらないように、押さえるようにして、されよ。
【型4】後襟首ふき
- ハンカチーフで襟首を拭くとき、ハンカチーフを2つ折り以上に広げず、こすらないように、押さえるように行ない、それが不可能な場合、往復運動をしないよう、軽く、ゆっくりこすられよ。
- 後襟の右側部分は右手を、左側部分は左手を用いられよ。
【型5】はなをかむとき
- ハンカチーフで、はなをかむときは、なんとなく、あちらこちらを使うのでなく、どのスミかを使われよ。
- そのスミに、目印をつけておいてもよい。
- このとき、ハンカチは、公然と、すべて、ひろげ、ぶらさげ、そのスミを上にして、かまれよ。(欧米式)
- かんだあと、そのスミを中にするように、ハンカチ全体をまるめて、ポケットにしまわれよ。