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2002年6月8日
講演
「世界でも特異な日本のブナの林」


『世界でも特異な日本のブナの林』

講師 大場 秀章


「緑の着物」を着ている地球

 皆さん、こんにちは。ただ今(長々)紹介いただきました大場でございます(笑い)。この山小舎カルチャー、第1回目、そのときは数十名で気楽に出来たのですけれど、今日はちょっと緊張しています。というのは早稲田大学では、たくさん大きな教室があって大勢の方が先生から話しを聴いていると思うのですけれど、私のいる大学では、講義といっても聴く学生は3人とか・・・(笑)。そういう人達を対象にして話をしていますと、大勢いらっしゃるとそれだけでドキドキしてきます(笑)。

 これは、今このあたりから採ってきたものですけれど、これがブナという植物で、このブナ、今は本当に減ってしまったのですが、かつて北日本は広くこの林に覆われていました。ここ(山小舎)から外を見ますと、一面広く緑ですね。我々は地球の上に暮らしていますが、普通地球の表面が見えるわけではなくて、地球の表面はブナを始めとする多くの植物に覆われています。

 これは例えてみると、地球は緑の着物、植物の着物を着ていると言っていいと思うのです。地球が着ている緑の着物、植物を私達は「植生」と呼んでいます。最近「植生」という言葉をよく耳にすると思うのですが、簡単に言ってしまえば、「植生」とは緑の着物だと思っていただければいいと思います。

それで人もそうなのですけれど、寒いときが好きな人と苦手な人がいます。植物はだいたい温度に大変敏感でありまして、また植木鉢に水をやらないと直ぐに萎れてしまうということから、水に対してもすごく敏感です。それで、地球上ではほとんど雨の降らないような乾燥する場所から、よく雨の降る場所、北半球でも南半球でも、乾燥する所、湿った所、暖かい所、寒い所というふうな、それぞれ違った植物にとっての環境が用意されています。従って地球上何処に行っても、地球は同じ着物を着ているという状況ではなくて、場所毎に着ている着物が異なっているわけです。それで、それを地図の上に着ている着物を柄で表し、何処が同じ着物を着ているかを色 で示している図を、私達は植生図と呼んでおります。

三つの着物の日本

 今日お配りしたプリントを見てください。図1は日本を中心としたアジア地域の地図で、私達の住んでいる日本というのは、大きく3つの違った着物を着ていることが分かります。一番北の北海道の部分、そして本州の北半分と南半分で違った着物を着ていることが分かります。ちょうど東京のあたりが境目になっているわけですけれども、東京から西の方に行きますと、皆さんもご承知のように冬も緑の林が、常緑樹と言いますけれども、覆うようになっています。それに対して、北に行きますと、冬には葉っぱを落としてしまう落葉樹が卓越します。北海道に行きますと、渡島半島をのぞくその他の部分は針葉樹の林が広がります。北海道の道東とかあるいは大雪山の周辺とかを歩かれた方が、非常に広大な針葉樹の林が一面広がっているのを目にされたことがあるかと思います。北海道の針葉樹が優占する林、あるいはそれと同じようなものは、ロシアの沿海州や樺太とかそういうような所にも見られるわけですが、常緑の針葉樹が優占しているような地域は、これを私達は亜寒帯、ほんとの寒帯ではないので、亜寒帯と呼んでいます。それに対して、東北地方とか新潟県など、落葉樹が広がるような地域を温帯地域と呼んでいます。それで、常緑樹が広がっている所は亜熱帯かと言いますと、そういう人もますけど、その地域は普通、暖温帯という言い方をします。暖温帯というのは、温帯の中でも比較的暖かい地域を指してそういう言い方をします。

 そうしますと日本は亜寒帯の着物と、温帯、暖温帯の3つの違った種類の着物を着ていると言って良いのではないかと思います。温帯と暖温帯を合わせれば温帯ですけれど、その部分の着物はどういう植物からできているかと言いますと、その中心になっているのがブナを中心とするブナ科の植物です。ブナは冬に葉を落としてしまいます。ところが暖温帯、つまり関東から西の地域の常緑林を作っている木はどんなものがあるかというと、代表的なものはいわゆるシイの木とかカシの木です。だから暖温帯の林をシイ・カシ林と呼んだりもしますけれど、シイの木ばやしとかカシの木ばやし、これが日本の暖温帯を代表する木ですが、それもブナ科の木なのです。

ブナの果実

 資料を見ていただきまして、図2の木はミズナラやカシワで、こう言うのはみんなブナ科の植物です。それでこのカシワ、ナラ、カシ、こうした植物は図3に描いてあるような果実を作ります。いわゆるドングリですね。ドングリは皆さんご承知のように、将来蒔けば芽生えて出てくる部分の下にお皿という部分があって、その上に果実が載っているわけです。そこに書いてある図2のドングリは、お皿の部分が鱗状の小さなものが密集していますけれど、この部分がブナ科の植物ではいろいろ変わります。例えばクリですね、クリもブナ科の植物ですけれど、このお皿の小さな鱗の部分がどうなっているかと言いますと、小さなクリのイガの棘になっています。それからシイの木はどうかというと、鱗状の部分がもう少し突起状になっていたりするわけです。ブナはこの部分が毛になっていまして、ブナのドングリに当たる部分は図4の絵に描いてありますけれど、4つに裂けて中に果実が入っています。ドングリのお皿は裂けないですけど、ブナは熟してしまうと裂けてしまうのです。見かけは少し違っても、基本的なつくりは同じで、棘になったり鱗状になったり、毛になったり様々変わりますけれど、ドングリとかクリ、あるいはシイの実、ブナの実、みんな同じつくりをしていて、こういうものを生産する植物、これがブナ科の植物なのです。

 プリントの図5を見ていただきますと、模式的な図ですけれど、Eはクリ、Fはブナ、Gがカシとかミズナラの果実の断面を描いたものです。栗拾いに行った方はご存じだと思いますけれど、クリのイガを裂いてみると、普通2つとか3つ中に入っていますね。よく熟した果実は3つイガの中にできています。真ん中のものが大きくて、両側のものは小さい。3つで一組です。ブナはどうなっているかと言いますと、一つのお皿の中に2つの果実が入っています。ドングリは普通1個しかない。ちょっと分かりにくいかもしれませんけれど、図6の模式図を見ていただきますと、クリでは果実の周りを4つの葉っぱが包んでいる、ブナは2つの果実を4つの葉っぱが包んでいる。カシやナラでは果実は1個なのですが、それを包む葉っぱが1個に合着したらこういうものができるという筋道が描いてあります。こんなふうにして、ブナ科の果実の形というのは少しずつ変わるのですけれど、基本的な形は同じであるというわけです。

ブナの花

植物の花というと、たいがい目立つ花びら、花弁があるわけですね。ところがブナの花を見ていただくと、雄花がおしべだけ、雌花がめしべだけというふうに目立つ花弁がありません。なぜ無いのかというと、無いからそうしているのだと思うのですが、ブナは花粉を風がめしべまで運んでくる。昆虫や蝙蝠など動物の力を借りないで風が花粉をめしべに運ぶ。そういう意味では稲なんかと同じような風媒花という植物だと思います。そういう植物は、風が気まぐれですので、昆虫を媒介に使う植物に比べて通常うんとたくさんの花粉を作ります。それでブナが咲くような季節にブナの木の下に行きますと、午前中に花が咲くのですけど、たまたまパタッと風がやんじゃったりしますと、たくさん作られた花粉がどさっと落ちて、まわりの地面一面が黄色くなるぐらいにたくさんの花粉を作ります。ハンノキとかイチョウとかマツもそうですが、風媒花の植物はたくさんの花粉を作ります。
さっき早川さんが花粉分析で、ブナの変遷のことを調べているという話(編者注:講師紹介の中での話)をしましたけれど、風媒花の植物はたくさんの花粉を作りますから、地層を掘ってみると化石になった花粉が出てくるわけですね。ところが虫媒花の植物は少ししか花粉を作らないので、花粉分析をやってもほとんど見つからないのです。

世界のブナ

 さてですね、そういうブナ科の植物の持つ特徴というのは、ブナにもすべてあてはまるわけですけれど、今日本でブナとイヌブナの二つの種類がありますが、世界中何処でもブナ科の植物が見られるかというとそうではありません。図7の世界地図を見てください。この地図に今ブナが見られる地域とどういう種類のブナが見られるかが描いてあります。北アメリカでは大西洋側にgrandifolia、いわゆるアメリカブナが広い範囲に分布しています。分布している地域というのは、大西洋岸に沿って、北の方から南にかけて山脈が走っています。その山脈がアパラチア山地です。つまりアメリカブナはアパラチア山地に沿って、ずっと北の方から南の方にかけて分布をしているわけです。それから少し飛んでメキシコに、mexicana、メキシコブナというのがあります。これは非常に生育場所が限られていて、しかも今や生き残っている林が、あるかないか分からないぐらいの絶滅に瀕している状況であることが知られています。これが新大陸でのブナの状況です。
 それからヨーロッパに目を転じますと、sylvatica という名前がかいてありますが、これが昔の名前で欧州ブナ、今の名前で言うとヨーロッパブナです。学生に欧州ブナというと何だか分からない。欧州というのが、ヨーロッパだと分からない(笑)。それで植物学者は柔軟だから「じゃあヨーロッパブナにしよう」と。私は古い人間ですから欧州ブナって言いますが・・・。それがイギリス諸島の南の方、スカンジナビア半島の南端から地中海にかけて広がっています。こういう分布図を描くと、じゃあ今ヨーロッパへ行くと何処でもヨーロッパブナの林が見られると思ってしまうのですけれど、実はヨーロッパブナの天然林というのは何処にもありません。

 ヨーロッパ、特にドイツ・フランス・イギリスでは産業革命のときに自然林がほとんど伐採されてしまいました。それで今ヨーロッパに旅行された方は、方々で美しい森林に出会うと思うのですけれど、あれはすべて二次林で、ドイツではブナ林を再生させています。これもある意味では人間が人工的に作った森林で、ヨーロッパブナの森林というのがどういうものであったかというのは、実際のところ誰にも分からないという状況です。

 それから東に向かって行きますと orientalis がカスピ海から紅海の周りに広がっています。これはコーカサスブナと呼んでいます。コーカサスというのは黒海とカスピ海の間にある山地のことを呼んでいるわけですけれど、そこを中心に分布している種です。

 さらに東を見ていきますと、ヒマラヤ地域にはブナはまったくありません。中国の四川省・雲南省のあたりなのですが、そこに chienii, engleriana, lucida, longipetiolata という4つの種のブナがあい接するように出てきます。中国の四川省と雲南省にこんなにたくさんのブナの種があるというのが分かってきたのは1950年代以降なのですけども、1つ1つの種が比較的狭い限られた範囲に出てきまして、4種のブナがほぼ同じ地域に出てくるという意味では、世界の他の地域のブナには見られない現れ方をしているわけです。

 それからずっと北に行きますと、台湾に hayatae という台湾ブナですね、これは新高山などのわりと標高の高い所に生えています。それから海の中に点があり、海の中に生えるブナがあるんじゃないかと思ってしまいそうですが、これは multinervis というウツリョウ島だけで出てくるものでタケシマブナと呼んでいます。

 さらに東の日本にあるcrenataがブナで、japonica がイヌブナです。さっき小野さん(編者注:小野健氏、第2回山小舎カルチャー講師で青海町自然史博物館創立者)から crenata が白ブナ、japonica が黒ブナと呼ぶということを伺いました。地方によってはいろいろ別の名称が与えられている可能性がありますが、イヌブナは日本海側にはなくて太平洋側にだけ出てきます。そして、北半球だけにブナの仲間がありまして、南半球にはブナの仲間の植物はまったくありません。もし南半球、オーストラリアのシドニーやブリスベンでブナを見たら、それは植えたもので、今ニュージーランドでも植えています。

いろいろなブナ林

   さっきヨーロッパブナはほとんど自然の林がないという話しをしましたが、ブナがそれぞれの地域で同じような暮らし方をしているのかということについて、世界でも特異なということとも関連しますが、それぞれどういうあり方をしているのか簡単に説明してみたいと思います。

 アメリカブナはアパラチア山地にありまして、ここはコロンブスが新大陸を発見して以降、ヨーロッパからたくさんの人が入植してきました。アパラチア山地では綿花の栽培をやったのですが、そのときにほとんどの森林が伐採されてしまいまして、自然のブナ林というのはない状況です。ただし、ヨーロッパと違ってそのまま放置して森林の回復を図ったのですね。今アパラチア山地を行くと、ほとんど綿花畑なんてないのですけれど、かつて綿花畑だったところが自然林になっています。

 二次林なのですけど、北アメリカのブナの林がどういうものかというと、日本のブナ林とは違って、日本はブナが森林のメインの木になるブナ林を作りますが、そういう呼び方をすると、北アメリカのブナ林はブナ林ではなくてカエデ林、カエデの森林の中にブナがちょぼちょぼっと生えている。ブナが大木になって、その一角だけブナ林と呼んでもいいなと思われるような所は、所々にあるのですけども、大変限られていて、通常はカエデ林の中にブナがぽつんぽつんと出て来るという状況です。

 ちょっと余談になりますけど、ブナが生えている林は、ヨーロッパでも北アメリカでも、通常たくさんのカエデを伴って森林が作られています。それで今この山小舎の回りを歩いてきたのですけれど、ここはブナも出るのですが、ミズナラの方が多くてミズナラ林と呼んでいいのです。けれど、温帯の落葉樹林であることは変わりがありません。その中を見ますと、カエデの仲間がたくさん出てきます。これはウリハダカエデといいます。これはどちらかといいますと、カエデの仲間では林の縁の方に出てくる種類ですね。伐採したあととか。これはヒトツバカエデといいます。これはあまり大きな木にならなくて、しかも枝が柔らかくて、地面に這ってくるハラコミカエデ。ハウチハカエデ、オオモミジ、イタヤカエデ、コミネカエデ、この周辺だけでこれだけ出てくるくらいいろんな種類のカエデがあります。だから日本ではカエデの仲間、種の数は多いのですけれど、これが例えばイタヤカエデがワーっと優占して、その中にちょぼちょぼってミズナラやブナが生えるカエデ林という形にはならなくて、どちらかというとミズナラやブナが中心に生えて、こういう植物はその中に点々と出て来るという形をとるわけです。けれど、北アメリカは逆で、カエデの仲間、例えばサトウカエデとかがメインな木で、日本でカエデが見られるような状況でブナが出てくるという林を作ります。

 ではコーカサスブナはどうかというと、アルメニアに一度行ったのですけれど、時期が3月で、雨期だけを見たのですが、アルメニアではコーカサスブナはわりといろんな木と混じる傾向があるようで、日本で類似の植物というと、ケヤキそれからエノキ、こうした木とですね渾然一体となった森林を作っているのです。それとクルミですね。いろんな落葉樹と共に生えて森林を作る。ブナだけが突出して多いというような林にはならない。そういう意味ではアメリカブナやヨーロッパブナに近い現れ方をしているのです。

 4種もの違う種が出てくる中国の四川省・雲南省ですけども、ここはもっと面白くて、ブナは常緑林の林の下側に出てくる。ブナは落葉樹なのですが、それは常緑樹の下、常緑のカシに混じってブナの木が生えている。おそらくこれが一番原始的な状況なんじゃないかと想像するのですけれど、ここではつまり落葉樹と常緑樹が完全に別れないで、渾然一体とした形と混じり合っている、そういう林を構成する樹種の1つとしてブナの林が出てくる。そう意味では、中国の四川・雲南省のブナのあり方というのは、他の地域の何処とも違っています。

 それから台湾のタイワンブナですが、これは日本のイヌブナなんかと様子が似た森林を作りまして、決してブナだけの林を作るわけではないのですが、ブナが優占する形になっている。タケシマブナについては、そういう記述をしたものがないし、私も行ったことがないので分かりません。

日本だけのブナ林

 日本のブナとイヌブナですけれども、イヌブナはかなりいろんな落葉樹と一緒に生える傾向にあります。それに対してブナですが、これはブナ林という言い方が日本では古くからされているように、排他的に他の樹種を押しのけて優占する、ブナだけが生える、そういう現れ方をしてきます。勿論その中に、若干いろんな木が混じるのですけれど、一緒に生えてくる植物の数は非常に少ないのです。成熟したブナ林、つまり木も大きくなったブナ林を歩きますと、森林の中に出てくる植物の種の数も大変少なくなってきます。通常は 30種位しか出てこない。

 一方、同じ落葉樹林を作るミズナラの林の中を歩きますと、だいたい 70〜80、多い所では 120 ぐらいの種が一緒に生えています。だから圧倒的にですね、ミズナラの林に比べるとブナ林というのは変化に乏しくて、ブナだけが優占という形になります。そんなわけで、こういう言い方は正しくないのですけど、純林的なブナだけが林を作るという傾向を持つ、こういう純林を形作るようなブナの種というのは、日本のブナだけなのです。ですから我々は天然の状態で、ブナ林というものを見ることができるというわけですね。

 こういうブナ林は他には多分ないでしょう。なぜ多分というかといいますと、ヨーロッパブナというのは本来どんな現れ方をしたのかが再現できないからです。もしかするとヨーロッパブナも、排他的な性格を持つ林を作っていた可能性があります。それは分かりません。今のは人間が作ったわけですから、ブナだけが残るように選択的にですね、ブナ林になるようにしているのでブナ林があるように見えるわけですけれど、自然状態ではどうだったかということは分からないのです。

北半球に広がるブナの化石

 図7に書きましたように、世界のブナというのはちょうど地球のある緯度で、帯を締めるように広がっているわけですね。こういう分布の仕方を見てみると、いろんなことを連想したくなるわけです。昔はこれが全部つながってワーッとあったのじゃないか。実際それは正しいと思うのですけれど、かつては、ちょうど温帯地域を広くブナが覆っていたと言っていいと思います。

 何故そんなことが言えるのかというと、例えば北アメリカの太平洋側ですね、ワシントン州とか、あるいはカナダ、アラスカという地域にかけて、たくさんブナの葉の化石が出てくるのです。それからカムチャッカとかですね、そういう所にもたくさんブナの化石が出てきます。それから中国の北東部、いわゆる満州ですね、ここからもたくさんのブナの化石が出てきます。そういう化石の出現というようなことも含めて考えますと、かつては北半球の温帯地域、ここにずうっとブナが広がっていたと考えて良いのではないかと思います。

 図8はブナの葉を描いたものですけれど、不思議な図だと分かると思うのですが、A,B,Cと記号がふってあるものと、1,2,3と、二つありますね。数字で書いてある方は今見られるブナの種で、A,B,Cの方は化石として見つかる葉っぱを図示しています。例えばAとBとCですけど、アンティポフブナと書いてありますけど、Aはカムチャッカですね、B,Cは北海道で見つかった化石ですけれども、このA,B,Cのブナの化石は中新世といいまして、今から3千万年ぐらい前の地層から見つかりました。中新世という時代は前半が暖かくて後半が寒くなるのですけれど、この時代は前半も後半も、植物にとって非常に生育に適した時代でありました。特に日本では中新世という時代に植物が良く茂りまして、北海道、九州の石炭のほとんどは、この中新世の時代の森林から出来たものです。そのために中新世の化石はよく調べられておりまして、こういう葉っぱの化石だけじゃなくて材木の化石とかも色々出てくるのですが、これらは今から3千万年前、中新世に出てきたブナです。D,Eも今から3千万年前の化石で、これは朝鮮半島から出てきたものです。それから、H,I これも中新世のもので、日本ではムカシブナと呼んでいます。A〜I は、ほぼ同じ地質年代の日本周辺から出てくるブナの化石と呼んでいいかと思うのですが、葉っぱだけ見たら今のブナとよく似ているなと、印象を持たれるかと思います。よく似ているから葉っぱが出てきても、それがブナだと分かるわけですけども、そういう化石が3千万年ぐらい前の地層からでています。今から6百万年ぐらい前の北海道から出てくる化石が、FとかGですね。これもブナあるいはイヌブナに近い形をしていることが分かります。N,O,Pを見てください。Nは2とほとんど同じだということが分かるかと思いますし、O,Pは3と区別がつかないといっていいと思うのですけど、そういう化石が出てきます。NとOとPは栃木県の塩原化石群で、塩原温泉に行くと、葉っぱの化石を売っていると思うのですが、塩原湖っていう湖があります。その湖に落ち葉がいっぱい堆積して、その湖が干上がったために葉っぱの化石がたくさん出るのですけれども、いわゆる塩原湖、昔あった塩原湖の湖底の化石だと分かるものを塩原化石群と呼びます。そこから出てくるイヌブナとブナです。これは現在のイヌブナやブナとほとんど区別がつきません。だから塩原化石群、今から数百万年前だろうと思われていますけども、その頃には今のイヌブナやブナと区別のつかない葉の形をした植物が、この辺にあったということが分かります。

 ブナがいつ頃から出てくるのかというと、暁新世っていう時代、だいたい7千万年ぐらい前、そのくらいから化石として出てきます。それより前は分からないし化石はない。化石がないからブナがなかったということにはならないので、その頃からあったということはいえるのですけど、その前は何処まで遡れるのかっていうのはちょっとまだ分からないのです。それでですね、このように結構ブナっていうのは、長い歴史を持っている植物であり、昔には今見られなくなっているようなブナの種もあったということが、化石から分かるわけです。

日本に見られるブナとイヌブナの違い

 日本には先程も言いましたが、ブナとイヌブナの2つの仲間があります。これはいろんな違いがあるのですけれど、一番大きな違いは、ブナの果実を見ると明瞭です。果実の所を見ると、ブナは果実が覆われてしまっています。包まれて果実が見えない。ところがイヌブナは果実の頭の方が完全に器から飛び出しちゃっている。ちょうどドングリのお皿から果実がつきだしているような状況ですね。それに対してブナの方は、ドングリのお皿が完全に果実を包んじゃう。こういう違いがあります。イヌブナのようにお皿の部分が短くて果実が上に出っ張っている、こういう構造をしているブナの方が原始的な性質で、日本のブナのようにお皿が完全に果実を包んでしまっているような構造を持っている方が、より進化的なものだと考えられています。だから日本のイヌブナとブナではイヌブナの方が原始的な形をとどめています。

 果実以外の違いとして葉を見ると、イヌブナの方が葉脈の数が多いですね。脈を数えてみると、ブナとイヌブナでは明らかに違います。もう一つブナの方はほとんど葉の裏に毛が生えてないですね。イヌブナは長い絹のような毛が、ちょうど人間の皮膚に毛が生えるぐらいの状態で、透明の毛が生えている。そんなことでも、ブナとイヌブナは区別されます。

 また、プリントの、図10のAが日本のブナ林の分布を示しています。北海道の渡島半島に、黒松内という低地帯というのがあるのですが、そこを北限として、本州から九州の南端、大隅半島の付け根にあります高隈山という山まで、実はもう少し南の稲尾岳が南限で、そこまでブナは分布しています。日本海側にも太平洋側にもあるのですが、図9が各地域に見られるブナの葉の大きさをたくさん採ってきて調べたものです。これを見ると明瞭なことは、南ほど同じブナとはいえ葉っぱが小さい。北海道・東北地方の日本海側、ここに出てくるブナは大変葉っぱが大きい。それで、林業の人達は日本海側のブナはオオバブナですね、あるいはウラブナとかですね、太平洋側をオモテブナと葉っぱの大きさの違いで区別しています。

 何故区別するかというと、太平洋側のブナは、かつては秩父とか伊豆半島とかにですね、そういう所にかなり大きい森林があったわけですけど、太平洋側のブナはですね、太い枝でも簡単に折れてくる。粘りっ気がほとんどない。それに対して、日本海側のブナはですね、非常に枝に粘りっ気があります。特に新潟とか山形の多雪地帯ではですね、ブナは幼樹のときにほとんど山の地面に屈してですね、雪の下で過ごしても枝や幹が折れないぐらい粘りっ気がある。太平洋側のブナは粘りがほとんどない。これは材木としてもずいぶん大きな違いがあって、日本海側のブナは床板・廊下なんかに使うのは大変いいのですけど、表のブナっていうのはほとんど使い道がなくて公園のベンチぐらいにしかならない。かつてはブナは切ってもぜんぜん儲けにならない木だったのですね。そのためにブナ林が残ったという説もあるのです。木の性質も違っていますし、葉の大きさもこのように違うのですけど、しかし、明瞭に何処かで区別することができるのかっていうと、そうはならないので、我々の立場では、表と裏のブナにはそういう性質の違いがあるということは知りながらも、すべてをブナとして1つの種として扱っています。

 今ここで採ってきたブナですけれど、例えば丹沢とか伊豆半島とかそういうところで、若木は別として成熟した木で、このぐらい大きな葉っぱを採って来いといったら、おそらく採れない。太平洋側のブナは葉っぱが小さい。ずいぶん違うのだけれど、この間にいろんな大きさの段階のものがいるので、何処かに線を引いて区別するということはできない。西日本ほど葉っぱが小さくて、北ほど葉っぱが大きいのはですね、例えば図8のHとI、これはムカシブナ、中新世の頃のブナなのですけど、Hは岡山県で見つかりIは秋田県で見つかった。ムカシブナも岡山のものは小さくて、秋田のものは大きいという傾向があることは示されています。この頃も環境は日本全体が一様ではなくて、岡山県と秋田県あたりではずいぶん、植物にとっての環境的な違いがあったということがこの例からも想像されるわけです。ブナといっても子細に見れば地域毎に変異しているものを見いだすことができるのです。


 図10のAはブナ林の分布で、分布している所を見ると、先程の温帯林の分布している地域ですから、北海道の渡島半島からだいたい本州の北側だけに限られている。図11の地図はシイの分布図です。シイの木は冬も青々とした常緑樹、いわゆるシイの木林を作りますが、これは日本の常緑林を代表する木ですね。ちょうどブナがない所にシイの木が出てくる、と見て良いのじゃないかと思うのです。我々居ながらにして、ちょっと西の方に旅行すれば常緑林を楽しみ、北に行けば落葉林を楽しみ、さらに北海道まで行けば亜寒帯に接するというような、非常に恵まれた所に暮らしています。植物的には大変豊かな環境に我々は生きている、ということを誇りにしていのじゃないかと。

 図10のBの地図で、ブナ林を作っているいろんな植物を重ねて行きますと、ブナ林を作っている植物の種数が一番多くなるのは、やっぱり本州の中心部分なのですね。北ほど多くなるとか、南ほど多くなるとかいうことはなくて、ちょうどブナ林の分布する中心の部分が一番、今時の言葉で「多様性が高い」という傾向にあることが分かります。どうしてこうなるのかというのは、その理由はまだ分かっていません。現象としてそうだということだけが分かっています。

北限のブナ

 先程早川さんが北限のブナのことにちょっと触れられましたが、ブナは北海道の黒松内低地帯、札幌より少し南の地域、が北限になります。なぜ、そこをブナが越えてもっと北へ行けないのかというのが、多くの人達の関心になりましてさまざまに議論されています。面白いのは図12を見ていただきたいのですが、これは黒松内の低地帯のブナの標高の分布を示しています。黒松内低地帯の左側の大平山のブナの分布を見ると、標高が800mを越えて1000mぐらいまでブナが出てきます。

 山を楽しまれた皆さんですから、気温の低減率というのをご存じだと思うのですけれど、100m登る毎にだいたい 0.5 から 0.6 度は温度が下がります。1000m登ったら6度は温度が低いわけです。1度の温度の低下というのは、水平距離にしてほぼ 500kmですから、こんな 1000mも高い所にブナが出てくるのだったら当然、もっと寒い所にブナがあっていいはずだということになります。ところが実際問題として、水平的には黒松内低地帯を越えて行かない。なんでこんな高い所にブナが生きられるのに、水平的にはもっと北まで行かないのかということを、みんな不思議に思っているわけです。その理由について、いろんな先生方がいろんなことを言っています。私も言ったことがあるのですけども、今はどうもちょっと早まったかなと・・・。その説を紹介したくはないのですけど(笑い)。

北に生きるミズナラと針葉樹の秘密

 ブナは日本を代表する樹木ですが、まだ分からない問題がたくさん残っています。それは私が知らないというだけではなくて、研究がされてない部分が多々あります。植物というのは、調べれば調べるほど分からない。勿論分かってくることもあるのですけれど、分かれば分かるほど疑問が増えてきて、分からなくなる。ただ我々、私自身幸せだと思うのは、そういう分からない対象が身のまわりにたくさんあって、死ぬまで問題はつきないなと思うことです。少しでも植物を手にとって、身近な存在にするとですね、飽きることがない世界にはまるのではないかと思いまして、一人でも多く植物派になることを私は期待しています。

 黒松内をブナが越えない問題ですが、同じ温帯林をつくる代表的な木であるミズナラはもっと北の方まで、稚内まで分布し、さらに樺太まで広がっている。なぜミズナラがこんな北まで行けるのに、ブナは行けないのか。まだまだ将来の問題だと言えますけれども、いろんな角度から研究されています。まだ誰も着目していない問題点の一つに、ブナの材とミズナラの材の違いにあるのではないかと、私は今密かに思っています。ミズナラというのは、いわゆるナラですからオークですね。オーク材というのは、ウイスキーを樽詰めする樽に使われます。この材は非常に大きな導管を作ります。木の中を水が行き来するわけですけれど、例えば厳冬期、落葉していても木自体は生きているわけですから、水は幹の中を動いているわけです。ちょっとぐらいの寒さなら、マイナスになっても水は凍らないわけですが、かなり低温になると木の中の水も凍り始めます。

 さっき亜寒帯の林は針葉樹で、温帯の林は落葉樹、常緑樹だと言いましたけれど、針葉樹というのは裸子植物なのですね。温帯・暖温帯を作っているブナ科の植物は、全部被子植物です。針葉樹は仮導管といって、一個一個が短い管が、ちょうどウインナーソーセージを繋げたように連なっていて、その中を水が通っている。導管はですね、ブナとかシイの木を水が通る組織を導管といいますが、ちょうど塩ビのパイプのように上から下までずうっとつながっている。能率からいうと、導管の方がはるかに水の通りはいい。通常暮らしをしているかぎり、導管の方がいい。(27頁 挿絵参照)

 ところが温度が下がると水が凍るわけですね。水が凍ると空気の泡ができる。凍った水が溶けたとき、空気の泡が残ります。この泡は一個一個は小さいのだけど、その泡が集まって大きな泡を作ります。導管は非常にいいのですけれど、その泡が非常に大きくなって、管の中を泡が真ん中を占めますと水が行き来できなくなるので、泡によってその水の通り道は塞がれてしまう。そうすると冬の間に、この泡ができた所から上の部分は水不足になって枯れるわけです。ところが針葉樹は管が切れているので、泡が全部集まって大きな泡を作ることがないわけです。だから能率は悪いのだけど、水が凍るという状況を考えてみると、そういう空気の泡が木を枯らしてしまうということが起きない。

 従ってなぜ北方、南半球もそうですけど、極に近い所が針葉樹の林になるかのというという問題は、導管でできているか仮導管でできているか、通同組織の物理的な性質による所が大変大きいのだと思います。で、ミズナラは広葉樹ですから導管を持っているわけですけど、さっき言いましたように、ミズナラは非常に大きな導管を作る。これではいかに空気の泡が大きくなっても、導管を完全に塞ぐことはできない。従ってタイガといって、より北の方の針葉樹林を伐採すると、そこはヤナギとかカンバとか、ハンノキといった広葉樹が生える林ができるわけですけども、そういう広葉樹、一番北に生える広葉樹はみんな幅の広い導管を作っています。空気の泡が導管を塞ぐことができないほどの大きい導管を持っているのですね。ミズナラもそういう性質を持っているが故に、非常に低温になる地域でも生きながらえる。ところがブナはダメだと、そういうことが一つは効いているのではないかなということを、今研究してみたいと思っています。

「森林を維持する」ということ

 これは完全に余談ですけれども、明治になっていわゆる和人が北海道の開発を始めるまで、北海道は広大なミズナラの林に恵まれていた。で、北海道を開拓します。何をやったかと言ったら、ミズナラの林を切ったわけです。切らなきゃ作物を栽培できない。ミズナラは大きな木で、オーク材ですね。切ってどうしたかというと、輸出したわけです。輸出したときの名前は函館オークといいます。これを大量に買ってくれたのが、当時のヨーロッパです。オーク材というのは高い。だけど函館オークは安く手に入った。だから駆け出しの家具職人とかですね、そういう人達でも函館オークは買えた。それでその函館オークを使って、新しい創作がたくさん作られた。で、それを今我々は、アンティークといってヨーロッパから輸入してわけです(笑)。そのヨーロッパ、イギリスで中心に作られたアンティークの家具の材木は何かと言うと、北海道のミズナラです。

 森林は大木だけ作ってそのままにしておけばいいというものではなくて、ある程度は伐採するということも、森林の維持のためには重要かと思うのです。今や残念ながらそんな大木が鬱蒼と茂る森林というのはなくなってしまったのですけれど、日本の森林は本来、なかなか魅力ある森林です。なかでもブナ林というのは、世界には他にアメリカやヨーロッパにもブナがあるのだから、日本のブナがなくなったっていいじゃないかと、思ってはいけないのです。つまり日本のブナだけの特徴をたくさん持っている。だから私達は、やっぱりブナ林をかつてヨーロッパブナやアメリカブナがたどったように、自然のブナ林を全部なくしてしまって、なくしてしまった後で欲しいといい、じゃあ人工的につくるということをやって再生するのではなくて、今まだある残り少ないブナ林を、いい状態で保全し、できれば広げていくということに、もう少し暖かい目を向けても良いのじゃないかと考えるわけです。最後はちょっと脱線しましたが、私の話は以上です。

(質疑)

「日本のブナの林が排他的だという話しを聞いたのですけど、その原因は?」

 植物が排他的になりえる、一番植物が通常良くやる方法は、根から他の植物の生長を阻害するような物質を出すのですね。アカマツがそうなのですけれど、アカマツの林の下ってこのあたりでは山ツツジが生えるのですけど、生えられない植物がたくさん出てくるのですが、根からいろんな分泌物を出して、他の植物の種の芽生えを阻害するというのが一番普通の方法なのです。じゃあ、ブナがそうしているかということなのですけど、それはまだよく分かっていない。その他、葉っぱからいろんな物質を出したりすることもありますし、そういう化学物質を使って、他に対して刺激を与えるというのが一番考えられる方法じゃないかと思います。

「ブナの葉の裏に毛が生えていますが、そのはたらきは? 保温だけ?」

 植物にとってですね、毛っていうのは重要な意味を持っていると思うのですが、これもたかが毛のことかと、あまりまともに扱われないです。例えば花の柄なんかに毛が生えているとしますと、これは毛虫が上がりにくいですよね。そういう防御的な意味もありますし、それから確かに、例えば葉芽とか花芽の鱗片葉の内側に毛が生えているというのは、保温的な効果があると思います。ただし、イヌブナの毛っていうのは、ホントにぱらぱらっと生えているので、これがどういう意味を持っているのか、ちょっと分かりません。どういう意味があるのか考えてみたいですね。

「ヘビノボラズっていう木がありますね。ヘビが登って何かするの?」

 あれはまあ、棘がいっぱいあるのですから、ヘビが登れないだろうと。金華山というのが宮城県にありますね。そこはご神体になっていて鹿が多いのですけど。行くと棘の生えている植物しか残ってない。棘のないのはみんな食べられる。棘のある植物か、ヤマシャクヤクみたいに有毒かどっちかです。棘っていうのは、あとは乾燥地でも多い。防御的なはたらき、食べられることから植物を守る機能を果たしていると思いますが、日本に生えている植物が、はたして棘が意味を持っているかというと、考えにくい。植物のある形がどういうはたらき、適合的な意味を持っているのかという視点では、まだ分かってないことがたくさんあるのです。

「日本のブナはササヤブが多いですね。見た目が美観ではないし、ブナにとっては?」

 それも2説あって、ササが生えているからこそ、林の下が乾かない、ブナ林が維持できているという説と、ササが芽生えを傷つけるために、ブナ林の更新を阻害していると言う説と。だから、ササが生えるっていうのは、ブナにとっていいことではないと、そういう意見もあります。両方当たっていると思うのですけど(笑)。

「温暖化が進んでいるというのはどうなのですか?」

 温暖化のための研究が行われていて、私も委嘱をされていますけど、だんだん北限がさらに北上し、温帯林の地域が狭められて、例えば仙台ぐらいまで常緑林、あるいは青森までシイの木林になってしまうといっている人もいます。そうじゃなくて、温暖化すると、植物は歩いて行くわけじゃないので、そうなるためには種子が北の方まで行ってそこで発芽して成長して初めてできるわけです。またそんな単純なものじゃなくて、すぐ移動距離が遠くまで行ける植物もあれば、行けない植物もあるから、そもそも今ある秩序が壊されてしまって、大変な森林の混乱状態が起きるのではないか。病虫害が発生したり、今ある秩序が壊されて、目を覆うような状況になるのだというシナリオを提出している人もいます。

「100年前ぐらい前と今の分布を比べると変化は? そしてこれからは?」

  100年前どうだったかというのが、正確な分布があまりよく分からないですけれど、今残っているもの、あるいは天然記念物の群落に指定されて残っているもの、そういうものの一部はもはやほっておいたら、とても生存できないものもあります。分布は少しは動いていると思います。私としては、植物は一つ一つ個性が違いますから、温度が1度上がれば 500km自動的に森林帯が北に移動するとか、そんな単純にはならないと思います。よほど注意深くしないと。

 温暖化対策というのは今からやって行かないと大変なことになると思います。温暖化で一番心配なのは、気温が高くなることよりは、温度が上がることによって、降水のパターンが変わることで、温度自体にはかなりフレキシブルな植物でも、降水のパターンが変わると、これは相当な変化です。現実に4大文明が生まれたというのも、氷河期のあとにですね。今まで雨がたくさん降った中緯度帯に、ほとんど雨が降らなくなったために、黄河の周辺とかインダス、チグリス・ユーフラテス、ナイル川の周辺に人が集まってきて、狭い地域にたくさん人が暮らすために、採集していたのでは間にあわないから、種を植えて栽培するということを発見したといいます。その背景にあるのは、降水のパターンが変わるということで温暖化で一番恐れなければならないのは、雨のパターンが変わることだと思います。

(記録 21期 松沢 邦之)